複雑・ファジー小説

Re: もしも俺が・・・・。『VSミスト(二回目)。』 ( No.107 )
日時: 2013/03/06 18:03
名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode



          「パート2。」



  ————脳が正常に機能しなくて距離感を正確には図れないが、約50m先には確かにその姿があった。

  水島が息を荒げて、胸に手を添えて立っていた。黒川の背筋がゾッとし、凍りつく。



  最悪な状況が、起きてしまった……。

  この展開はまずい。さっさと私を殺せば、最悪は免れるというのに。




   「んー? なぁに、知り合い? しかも女ぁ?」



  ミストはムッとして水島を睨む。水島は一瞬ビクッと肩を震わせたが、すぐに真剣な表情に戻す。



   「……彼から、黒川君から離れて下さい。」



  水島は震える手を必死に抑え込み、声を絞り出す。

  怖いに決まっている。水島はただの女の子だ。
  それでもなお、おぞましい威圧感を発する彼女に噛みつくのは、水島の意地だ。


  “私が少しでも時間を稼げば……黒川君が逃げる時間ぐらいは……。”


  無論、それは到底叶う事ではない事は知っている。
  すぐに追いつかれ、殺されるだろうなと思う。無力だ、自分は。

  けれど、もう黙って見てるだけなんて出来ない。

  たとえ足手まといでも、無駄死にしたって、
  目の前の黒川君の死を見す見す見逃すなんて出来ない……!!

  黒川君はいつも、他人の安全を第一に考えてくれている。
  たとえ自分がその分犠牲になろうとも、他人を守れるならそれでいいと判断する危なっかしい人。
  頼もしいけど、私はそれがたまらなく怖い。そして今、目の前でそれが起きようとしている。
  助けたい、でも助けられない。だけど見ているだけは絶対にしたくない。

  それならやるだけやって、自分も尽き果てる方がずっと楽だ……。




   「に……げ……」



  黒川は必死に言葉を絞り出すが、声がカラカラで言葉にならない。
  しかもごく小さくて、とても水島には届かない。

  黒川は心で願った。頼むから水島には手を出すな、と。
  そして自分を殺せ。先に自分の息の根を止めてくれと心底願った。しかし、



   「あひゃ、せっかく黒川君といちゃいちゃしてたのにさぁ————」



  ミストの威圧感がさらに増した。そして殺気、憎悪……!!





   「————邪魔だから、君から先に殺すね。」



  ミストの言葉に、黒川と水島は恐怖で身体の体温が一気に冷えた。
  悪寒が身体を駆け巡る。業火の中だというのに不思議なぐらいだ。

  瞬間、ミストが地面を蹴った音が聞こえた……。ミストの姿が黒川から遠ざかるのが肌で分かる。
  ミストが片手の手のひらを鋭くし、後ろにグッと引く。心臓を手刀で一突きにして、即死させる気だ。

  水島は覚悟を決めていた。瞳を閉じて、死を受け入れようとしている。


  ……これでいい、これでいいと水島は自分に言い聞かせる。

  だって最後に、私は黒川君の死をほんの少しだけ伸ばせた。
  怖い。死ぬのは怖い。けど、大切な人を守れるなら……それで構わない。

  いつも守ってくれていた黒川君を、今度は私が————


  ミストと水島の距離が5mを切った時、黒川は確かに見た。
  彼女がこちらを見つめ、ニコッと微笑んだ。最後のお別れと言わんばかりに……。




  冗談だろう? 嘘だろう? 私はそんな事は予期していない……。

  嘘だ。嘘だ。こんなの何かの間違いだ。


  俺が死ぬ前に……水島が死ぬのか?
  俺から庇って……水島が死ぬのか?
  俺の目の前で……水島が死ぬのか?







  止めろ……やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ……ッ!!
  俺を殺せよ。殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せッ!!



  どんな殺し方でもいい。どんな死に方でも構わないから……。
  だから水島だけは……愛する彼女だけは……殺すな。殺さないでくれ……。


  彼女の笑顔だけは……俺から奪わないでくれ……!!
  彼女の存在だけは……彼女の存在だけは……。




  俺のたった一つの……希望だけは…………————


















   「ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!!!」






  ————瞬間、獣の咆哮と共に、黒川の身体はドクンと大きな脈を打った……!!


  ミストが水島に手刀を突き刺そうとした直後、ミストの横から遥かに速い速度で何かが追い抜いた。

  それは確かに人間だった。黒い学ランを着た、今のさっきまで死にかけだった黒川だ。
  あの場所から50mもあったはず、しかも死にかけだったのにも関わらず、だ。


  ミストが驚いて目を見開いた瞬間、きらめく様に何かが飛んでくる。
  その見たことがない程の速度でミストの首元に迫った何かを、ミストは咄嗟に後ろに飛び退いて躱した。

  間一髪、そして直後に悪寒がミストの身体を駆け巡った。
  その正体は、横に薙ぎ払う様に放たれた手刀だ……。

  もしも今のを回避していなかったら、首が飛んだのは間違いなく私だった、とミストは思った。
  無論、放ったのは黒川だ。いや、先ほどまでの黒川とはまるで違う。
  姿形は同じだが、殺気、そして獣の様に壊れたその表情は、とても冷静な彼には見えない。
  今まで怒った黒川を見たことのあるミストだったが、これはもうそんなレベルじゃない。

  化物であるミストが背筋を凍らすほどの威圧感。そして一番驚いたのは、黒川の右目だ。
  先ほどまで青かった彼の瞳が、いつの間にか輝きを放つ金色へと変化している。

  それを見た瞬間、ミストはゾッとした。そして思わず呟いた……。




   「か……『覚醒種』の力……ッ!!!!」



  ミストは驚きを隠せないまま、一旦距離を置いた。

  そして黒川は瞬時に水島の目の前に移動し、その金色の目でギロリとミストを睨んだ。
  水島は何事だろうかと死ぬ覚悟をして閉じていた目を開けると、そこには背中姿があった。

  間違いなく黒川のものだとすぐに分かった。でもなぜ……?




   「……誰がッ……俺の水島にィッ…………手を出していいと言ったァァッ!!!!!」




  ビリッと空気が痺れるほどの黒川の声量が、大地を一瞬揺らした。

  ミストは腕で顔を覆い、その表情から笑みが消える。
  水島も困惑し、黒川君と名前を呼ぼうとしたその瞬間————



  ————誰が見ても分かるほどに、黒川の身体はガクンと力が抜け落ちた。

  まるで筋肉を一気に抜かれたようで、立っていられない程であった。
  今度こそ、身体はピクリとも動かなくなった。立っているのでやっとの様だ。
  そして気づけば右目の金色は消えており、元の青色へと戻っている。




   「……黒川君、やっぱり君から殺すねッ!!」



  妙に焦った表情を浮かべたミストが、地面を蹴り上げ、ギュンともう一度急接近してくる。
  何に焦っているのかは分からないが、俺を殺してくれるというのは有難い。


  ……やっと、安心した————。





   「黒川君ッッ!! ダメだよッ!! やめてぇぇッ!!」



  背後から水島の泣いて叫ぶ声が聞こえる。ああ、俺は幸せ者だ……。
  彼女を守り抜いて、俺は死ねる。これだけで、俺は十分だ。

  黒川はわずかに動く顔だけを水島の方に向けて、そっと微笑んだ。
  その時の黒川はいつもの黒川で、殺気に満ちた表情ではなく、穏やかなものだった。
  彼女の顔はクシャクシャに崩れていた。綺麗な涙が頬を伝っていて、とても美しかった。


  ありがとう、俺のために来てくれて————。

  さようなら、俺の愛する大切な人————。








   「————水島……君だけは……俺が必ず守ってみせるからな。」






  最後に残した言葉と共に、途切れる様に意識はプツンと切れた。

  グシャッと嫌な感触が自分の左胸に走る。何かが貫かれた感触だ。
  かすかに見える目で胸を見ると、ミストの手刀が黒川の心臓部分を突き刺していた。

  ミストの顔がほんの少し見えた。殺気に満ちた、怖い顔だった。
  それと対象に、自分はどんな顔をしていたんだろう……?
  それはすぐに分かった。ミストの顔が、見開いて驚いているのを見て確信した。



  ————きっと俺は、幸せに微笑んで、笑顔で死んでいったんだ。


  後ろから悲鳴が聞こえる。誰かが泣き叫んでくれている。
  誰かが名前を呼んでくれている。誰かが俺を大切に思ってくれている。


  そんな自分が嬉しくて、誇らしくて、


  黒川は最後にフッと微笑して、綺麗な空を最後に眠るように目蓋を閉じた————。