複雑・ファジー小説
- Re: もしも俺が・・・・。『黒川VSルエ。』 ( No.169 )
- 日時: 2013/04/11 19:53
- 名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
「後編。」
————そんな社会に適応出来ずにいた花狩少年に、一つの転機が訪れた……。
それは花狩椿が中学生に上がった時の事であった。入学したのは、『元地山中学校』。
彼の自宅付近の学校というのもあり、何も悩むことなくそこに決めた。
それに、誰も彼がどこに行こうとも、どうでも良いのだ。
親も友人も、自分さえもどうでも良かった。何もかも、どうでも良かった。
自分がこれからどう生きるのか、はたまたどう死ぬのか。
考えるだけ無駄だった。なにせ、自分は社会に適応できない人間なのだから。
誰と喋ることなく、誰からも注目されることなく、ただ生きた。存在した。
否、自分は『いなかった』。『存在しなかった』かもしれない。
まるで真っ白の画用紙に白の色ペンで書いてるかのように、存在しているのかさえ分からない。
自分も存在を主張しようとは思わない。いや、出来なかった。
その時からすでに劣等感を感じていた自分には、存在感を主張する事さえも、
まるで神に背く様な行為であると信じて、そして認めていたから……。
————そんなある日、花狩少年は学校の隅端に咲く花に目を奪われた。
5月ぐらいのことだっただろうか。たまたま下校しようと思った矢先に見つけたのだ。
一本の木に巻きつく様に咲き乱れる薄めのピンク色の花。
最初見た時は、地味な花だなと思った。そして自分に似ているな、と。
自己主張できない自分。地味な自分。何から何までそっくりな様な気がした。
ふとそんなことを考えていると……
「————ふぉっふぉっふぉ。なんじゃ、その花に惹かれるのかのぉ?」
自分の後ろから、くぐもった声が聞こえた。年期の入った、老体の声だった。
とはいっても、花狩少年はこの時振り向く気など毛頭なかった。
なぜなら、それが『自分に掛けられた言葉である』とは限らなかったから。
花狩少年は入学から今まで話しかけられたことはない。
自分に向けて言っているのかなと思って振り向いても、実は違っていたなんてよくある話。
だからこの言葉もきっと、自分に向けた言葉じゃない、そう思って振り向かずにいると……
「君に聞いておるんじゃよ。花狩椿君。」
ポン、と花狩少年の肩を叩いて、老体は自分の名前を確かに呼んだ……。
それは学校では初めての経験だった。名前を呼ばれたなんていつ振りだろうか。
なにせ先生の大半すら自分の存在を認識出来ちゃいない。
それが当たり前だとも思っていたから、なおさら驚いた。
老体は、小柄で貧弱な身体だった。髪は白髪で背中まで届く様な長さで縛っていた。
眼は開いているのか閉まっているのか分からない。目を閉じている様にさえ見える。
杖をついて、自分の身体を支えている様だった。歳は本当にかなり行っていると思う。
————とはいえ、花狩はこの人を知っている。この学校の、『校長先生』だった……。
「…………。」
花狩は何も言わず、ただただ花を見つめていた。
自分に声が掛けられた、だから何だというんだ。それがどうしたというのか。
所詮自分は何も変わらない。社会に適合できない人間。
それが決めつけられた自分に、他人と口を聞く資格など……
「君はこの花の『花言葉』を知っておるかね? 花狩君。」
ふと校長先生はそんなことを聞いた。花言葉? 知らない。
花に興味はない。とはいっても、この花にだけは異常に興味があった。
なぜかは分からない。多分、自分と似た境遇の花だからというのもあるだろうが————
「————本当にそうおもうのかね? 花狩君よ。」
瞬間、花狩の身体がピクンと跳ねた。
なんだ……? 何を言ってるんだ? 校長は何を言っている……?
まるで自分の思考を読み取ったかのような発言。心を読んだかのような……。
「もし本当にそう思うなら、君は『社会不適合者』などではないぞい。」
この時、花狩は確信した。この校長先生は、自分の考えが『分かっている』。
自分の心理を、自分の思考を読んでいる。そして理解している。だったら、
「……だったら分かんだろ。同じなんだよ。この花も、俺も。だからこんな隅っこに————」
初めて口にした。久しぶりに『喋った』。
自分の声も聞くのは久しぶりだ。そして、こんな感情を表に出したのも……。
それを見て、校長先生は嬉しそうに微笑んだ……。
「同じ、じゃな。その言葉、忘れるんじゃないぞい。
じゃあ答え合わせをしよう。この花の『花言葉』はの————」
「聞きたかねぇよッ!!! うぜぇんだよジジイッ!!」
花狩はそう怒鳴り散らして、早々に立ち去ろうとした……。
ムカついた。あの野郎は分かった上で俺をさらに惨めにさせようとするのかよ?
同じならなおさらだ。隅っこにしかいられず、存在も主張できない。
そんな花の『花言葉』なんて聞いたって、何も————
「————花言葉は、『歓迎』じゃ。」
校長先生の言葉が、花狩の心に鋭く突き刺さった……。
それは痛みじゃない、驚きだった。自分の想像をはるかに超えた、思わぬ言葉……。
いつの間にか歩みを止め、校長先生に背中を向けたまま、身体を震わせていた。
「この花の名は、『フジ』。春になると咲く、わしの好きな良い花じゃ。
君がこの花に惹かれた理由はたった一つ。ただ地味なだけが理由じゃないわい。
……君は『歓迎』されたんじゃよ。この花に、この『学校』に。
そして同じなんじゃ。君も人から『歓迎』されるような人間なんじゃ。
決して社会に見放された人間なんかじゃない。なぜなら————」
校長先生はゆっくりと歩み寄り、花狩先生の肩に手を置く。
その時の穏やかな表情と言葉は、花狩は今でも忘れられない……。
「————わしも、この学校も、君を『歓迎』しておる。花狩君よ。」
ポタポタと、自分の頬に伝うものがあった……。
温かくて、枯れてしまった思っていたモノ。人間の綺麗なしずく。
自分の目元から流れるそれが『涙』だと気づくのに、花狩は数秒かかった……。
「……ッ……ぅぅ……ッ……。」
流れる涙に抗うことは出来ず、滝の様に吹き出した。
今まで泣きたくても泣けなかったというのに、なぜこんなに涙が出るのだろう。
……ああ、それは分かっている。それは、安心したからなんだ。
ゴールも見えない迷路で、存在意義さえ見つからない銀色のいばら道で、
ようやく一人、自分を導いてくれる人に出会えたのだから、嬉しいに決まってる。
そして、それが証明してくれた。俺は決して————
「うッ……うあああァァ……ァァああ…………!!」
社会に見放された、つまらない人間なんかじゃないって分かったんだ……————。
———————— Fin ————————