複雑・ファジー小説

Re: もしも俺が・・・・。『霧島覚醒。』 ( No.189 )
日時: 2013/09/05 19:21
名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)


    ————第21幕 『もしも俺が魔法が使われている世界に行ったのなら……4。』————


        「パート1。」



 誰かが叫ぶ音が聞こえる。誰かが悲鳴を上げている。
 誰かが戦う音がする。何かが交わる音がする。
 拳と拳を交える音が。地面を蹴り、跳躍する音がする。

 そして誰かが自分の頬に触れる感触がする……————。



  「…………。」


 ゆっくりと目蓋を開き、視界を開いていく。空が移り、自分は気絶していたのだな、と悟った。
 確か自分はガロンに挑んだ。しかし歯が立たず、守れず意識を閉ざした。
 決して浅い傷ではなかった。とても数分で目が覚めるようなダメージではなかった。しかし、


  「……まだ……動く……。」


 ————黒川は自分の身体がまだ動くことに驚きを隠せなかった。

 あの時ピクリとも動かなかった身体が、今では柔軟に動く。身体を起こすことも容易だった。
 そこで黒川は初めて気が付いた。最愛の人、水島愛奈が隣に座っていた事に……。


  「よかった……。黒川君、身体の調子は?」


 そう言った水島の顔は、安堵の表情であった。きっと自分は、また彼女に助けられたのだろう。
 そして何より、黒川はホッとした。彼女は、生きていた。誰かが救ってくれたのだろう。
 水島の手に、何かスプレーのようなものが握られてあった。見覚えがある。
 それはデュエルの時、ルエに挑んだ男が使っていた傷を治すスプレーと同系だった。


  「……そのスプレーで……俺を……?」

  「うん。ルエちゃんがね、渡してくれたの。一応持っておけ、って。」

  「……そうか。」


 きっとルエが水島が傷ついた時のために持たせていたものだろう。抜かりのない奴だ。
 そのスプレーを傷ついた私に使った、そんなところだろう。おかげで私はこうして動くことが出来る。


 ————それにしても、情けない話だ。

 私はまた、水島を危険な目に晒してしまっている。守りきれていない。
 幸い彼女は無事みたいだが、自分の力で守りきれないのがこれ以上なく悔しい。



  「黒川君……。」


 その思考を読み取ったのか、水島はそれ以上は何も言わずに黒川を抱きしめた。
 温かい抱擁に弱さを見せたくなってしまう。甘えたくなってしまう。しかし、


  「……今はその時ではないな。」


 スッと水島をゆっくりと引き離し、ゆっくりと周りを見渡した。

 黒川はすでに思考を切り替えていた。自分の置かれている状況、情報を認識しようとしていた。
 自分が気絶してまだそこまで経っていないようだ。今『もしもの世界』にいることがそれを証明している。
 そして周りを見てみるとガロンはおろか霧島の姿も見えない。だがどこかで戦闘が行われている音は聞こえる。


  「……愛奈。俺が気絶している間、何があったか簡潔に説明してくれるか?」

  「う……うん。でもね黒川君、実は私も気絶しちゃって……」

  「構わない。分かる事だけ教えてほしい。」


 水島はコクンと頷いて順々に話し始める。そして分かった事は、二つ。

 一つ、それは霧島が黒川達をガロンから救ってくれたかもしれないという点。
 そして二つ目は————



  「……ルエが暴走している?」


 黒川は驚いて思わず復唱してしまった。しばらく言葉を失ったまま唖然としてしまった。
 水島が気絶から回復した直後にどうやらルエが何やら苦しそうな表情をしているのを見たらしい。

 その原因が何なのかは分からないが、その暴走を止めるために霧島がルエと、
 そして突如現れた謎の二人がガロンと交戦しているようだ。



  「……その謎の二人とやらも気になるが、今はルエだな。」

  「ごめんね黒川君。私何もできなくて……。」


 水島は視線を下げて申し訳なさそうに言った。
 どうやら、守れなくて辛かったのは黒川だけではないらしい。
 彼女もきっと何もできないもどかしさに辛かったに違いない。私と一緒で。
 そんな水島の頭をそっと撫でて苦笑した。



  「……お互い様だ。だからこれで終わりにしよう。それに————」



 黒川はスッと立ち上がる。どうやら問題なく身体は動きそうだ……。




  「……時間が惜しい。助けに行くぞ、愛奈————」



 今もきっと霧島はルエと戦っている。そして礼も言わなければならない。だから行かなければ。

 苦しんでいるルエを、それを止めようとしている霧島を助けるために————。