複雑・ファジー小説

Re: もしも俺が・・・・。『ルエの暴走。』 ( No.204 )
日時: 2013/09/12 19:43
名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)


         「パート3。」



 ————……私の記憶は、所々が空白だった。


 幼い頃、私はそれなりに平和に暮らして、何もなく幸せな日々だった。
 小さな村で優しい父と母がいて、仲の良い友人に囲まれ、笑いあう毎日。
 くだらない事で笑い、喜びを分かち合い、力を合わせて生きていく。

 そんな平凡で幸せな日々が一生続くのだと信じて疑わなかった。


 ……ある日、そんな自分の幻想じみた理想は簡単に壊れるんだと気が付いた。

 空は怒り狂ったかのように赤くて、村は業火に焼かれ、人の悲鳴だけが鮮明に聞こえた。
 見開いた目が閉じることはなく、何が起こっているのか思考が全く追いつかない。
 考える前に、私は走っていた。
 友人が、家族が、村の人達を助けなきゃ。
 だけど、幼い私には何も出来なかった……。あまりにも無情だった。

 そんな時、私を呼ぶ母親の声が聞こえた気がした。
 振り向くと、確かにそこには母がいた。しかし、いたのは母だけじゃない。
 父は糸が切れた人形のように転がっていた。
 母はブラリと脱力して少しだけ宙に浮いていた。

 赤く燃え上がる炎の中で、私は母の首を掴み、締める男の姿を見た。




 ————笑った、男の顔だった。


 その手には母がいて、母はピクリとも動いてはくれなかった。
 どれだけ呼びかけても、反応はない。

 私は最初気絶しているのかと思っていた。いや、違う。
 私はその男が母を救ってくれたのだと信じた。いや、違う。
 私はこれは夢だと考えた。それも、違う。

 何もかも現実で、嘘でも夢でもない。


 目の前で起こっているのは紛れもない現実で、地獄なんだ……!!






  「うあああああああああああああああぁぁぁぁーーーーー!!!!!!!!」





 殺された。殺された殺された殺されたッ!!
 壊された。壊された壊された壊されたッ!!
 目の前で、自分の母が、父が、『殺された』。

 その男の手に捕まっている母は、この時すでにこの世にいなかった。
 最後に叫んだ言葉が、私を呼ぶ声だった。
 私は視線を逸らせなかった。あまりにも、男の顔は凶悪だった。

 笑っている。笑っているんだ。人を殺して。命を奪って。
 まるでお前も逝きたいか? と聞いているかのようで。
 叫んでも、叫んでも、誰も助けには来てくれない。……違う。


 『自分以外全員』、殺されたんだ……!!



  「お前には何も救えねぇ。何も守れねぇ。孤独、絶望、虚無。」



 男は凶器に満ちた表情でそう言った。私の足は恐怖で固まって動いてはくれない。



  「————そうだ、俺が殺した。」


 聴覚は、この声を閉ざしてはくれない。


  「俺が、殺した。」


 この声を、閉ざしてはくれない。



  「俺が————」


 聞きたく……ないッ!!
 聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくないッ!!

 頭の中でこの声がずっとリピートされる。聞きたくない。

 頭が可笑しくなる。だから、だからだからだからだからだから、





  「————それ以上、よせ。十分だろ————」




















  「————……ッ!!!!!!!」



 その声を最後に、ルエの思考はクリアになって現実へと引き戻される……。

 ルエは自分の精神の中へ閉じこもっていた。
 懐かしい記憶だと思った。この後に確か、ガロンに連れていかれてふざけた能力を植えられるのか。

 その後キルと出会って、そして……


 ……頭が、痛い。苦しい、悲しい。

 この『聖なる力』のせいで、今『外の』私は暴走している。
 ガロンに全てを奪われ、ガロンに意味の分からぬ力を入れられて、自分の人生は変わってしまった。
 奴を殺す為に魔法を学び、奴を殺す為に訓練を重ねた。
 だが、あっさり負けた。自分は弱すぎる。そして結果がこれだ。
 もう、いいのかもしれない。私は疲れたのかもしれない。
 結局、私には友人も幸せも掴めない。唯一の復讐すら叶わない。
 私の何もかもが叶わないし、叶えられない。変わらないし変えられない。

 このまま私が暴れれば、きっとキルは私を殺してくれるだろう。
 確かそんな約束を昔にしたような気がする。覚えてはいないが。

 ……とにかく、もういいのだ。

 私はもう、生きていてはいけない存在なんだ。殺されて当たり前なんだ。



  “だから、いっそ殺してくれ。さぁ、早く……————。”


 狭くて暗い精神空間の中で、ルエは上を見上げた。
 天井に行けばきっと元の私の身体に戻れる。暴れている私自身を元に戻すことが出来る。
 だけど、身体が鉛のように重い。それにもう、どうでもいい。

 そんな事を思っていると、地面から影の様なモノが姿を現した。
 まるで真っ黒になった自分自身。姿形が一緒だ。
 次々と湧き出てきて、精神世界にいるルエの回りを囲み始める。


  “……ああ、これはきっと、私の意志で出てきた悪魔だ。”


 私が殺してと願ったがゆえに出てきた悪魔だ。そして、私を殺しに来たのだ。
 外ではキルに殺されて、精神は自分に殺される。悪くはない。

 ルエは静かに目を閉じた。死ぬのは、少しも怖くない。
 湧き出たルエの悪魔は次々とルエの身体にまとわりつき、食らっていく……。


  “本当に……死ぬんだ……”


 命の終わりが近づいてきているのがよく分かる……。
 自分の身体がもうピクリとも動かない。死ぬのを覚悟した。


 こんな事、昔に一度あったような……————









  『————私の負けだ。殺せ。』


 昔、キルに組手で負けた時に、ルエはこんなことをぶっきらぼうに口にした。
 自分は強くなる。負けはゆるされない。それがたとえ、ただの組手であろうと。
 ルエは殺されるのを覚悟で、目を閉じた。しかし、


  『ばぁか。何言ってんだ。』


 木製で出来た竹刀でコンッと頭を叩かれた。一瞥して後ろを向けるキルにルエが不機嫌な顔をしていると、


  『殺せとか簡単に言うな。死ぬのは仕方なく死んじまう時だけだ。』


 キルは隣に座り込んで空を見上げた。その顔はほんの少し悲しげだった。


  『死ぬってのはな、本当の終わりなんだ。何も出来なくなる本当の終わりなんだ。』

  『……後悔なんてない。いつ死のうと構わん。奴を殺せないのなら。』

  『いーや、嘘だね。後悔の一つや二つは絶対にあるね。それにお前は死なせない。守る。』

  『はぁっ!? お前は————』


 ルエが反抗しようと声を上げようとすると、キルはルエを手で制した。
 そしてフッと柔和の笑みを浮かべて、こう言ってくれた。



  『————俺がお前を死なせたくないからな。それだけだ。だから死ぬな。約束な。』









 懐かしいな、と思った。

 今になってなぜこんな事を思いだしたのだろう。
 これが走馬灯というやつなのだろうか。
 今思えば、恥ずかしい奴だ。
 そんな臭いセリフを言ってて恥ずかしくないのか。

 私は……私は……




 ……嬉しかった。

 あの時の言葉は、私にとっては大事な言葉だった。
 そして、約束もした。
 死なない、と。
 殺さない、と。
 守る、と。
 もう昔の話だ。
 キルはきっと忘れてる。
 きっと、忘れてる。

 ……けれど、けれど……











  「————…………生きたい……っ……ッ……」




 死んでもいい。確かにそう言った。
 だからこうして私の黒い部分が私を殺そうとしている。
 死を受け入れたつもりだった。殺されるつもりだった。

 でも……まだ我が儘を言ってもいいのなら、本音を言っていいのなら————




 ————私はまだ……キルと一緒に……————









  「————……っ……助けてッ……!! キルっ……っッ!!」




 手を伸ばした。天井に向かって、ひたすら手を伸ばした。
 影に取り込まれて光を失っていくけれど、ずっと伸ばし続けた。

 伸ばした手も黒くなり、視界も闇に包まれようとした瞬間————



 ————ルエの周辺に4つの光が降り注ぎ、闇を晴らしていく。

 黒の姿をした自分の分身は溶けるように消えて、自分以外は全て消滅した。
 4つの光はルエの周辺に集まり、温かく照らす……。


  「……キ……ル……? みん……な……?」


 その4つの光は、黒川、霧島、水島、そしてキルの4人の光だった。
 ここはルエの精神世界。皆外で暴走した私の外見と戦っているはず。

 なのに……なぜ……?



  「はは、なぁんだ。ルエちゃん、こんな深い所にいやがったのか。」


 霧島はボロボロの身体で笑顔で言った。きっと激しい戦闘をしたに違いない。
 ルエが困惑して声を発せずにいると、霧島はポンと肩を叩き、


  「行こうぜ。こんな狭くて暗い場所じゃ笑えねぇぜ。外で待ってるからな。」


 霧島の姿を纏った光は、一足早く天井に向かって飛んでいった。
 その後は黒川が私の背中を軽く押した。そして、


  「……私も待っている。早く戻ってくるがよい。」


 と一言だけ言い、黒川も天井へと一直線に消えていった。

 その姿を見送った後、水島は私の前に来てギュッと手を握った。
 温かくて、力強い。これだけでなぜか落ち着く。


  「水島……」

  「ルエちゃん……」


 お互いに名前を呼び合い、見つめ合う。
 ルエが口を開こうとした時、それよりも先に水島が口を開いた。


  「……ねぇルエちゃん。今度さ、服を買いに行かない?」

  「えっ?」


 水島の言葉を聞いて、ルエはいきなりで驚きを隠せなかった。
 今ここでいう事なのだろうか? ……いや、違う。今だから言うのだ。


  「女子はね、好きな男の子を喜ばせるためにちゃんとオシャレしなきゃいけないの。

  ————だから戻ってきて。ルエちゃんは私の大切な友達なんだから。」


 その目にはうっすらと一筋の滴が見えた。けれども表情は穏やかな笑顔であった。
 ルエが言葉を発しようとする間もなく、水島も同じように天井へと昇っていった。

 友達。私が望んでも手に入らない。そう思っていたモノ。
 水島だけじゃない。黒川も霧島も同じように……。



 ……皆、ずるいよ。


 そんなこと言われたら、私は……嬉しいに決まっている。
 生きててよかったって、我がまま言ってよかったって思ってしまう。

 でも本当にそれでいいの? 私は生きていいの?
 こんな弱い私が? 何も叶えられない私が————?








  「————良いに決まってる。」



 キルは、私を抱きしめてくれた。力強くて、それがどことなく心地よい。
 涙が止まらない私の顔を、彼は優しく胸で受け止めてくれている。

 私の心を晴らすかのように、キルは私を癒してくれている……。



  「いつか、約束したろ、ルエ」



 キルはルエを力一杯抱きしめ、そして、






  「死なせない、守るって。一人でしょいこむな、くそったれ。」



 少し恥ずかしそうに、小さく呟いた。

 きっとキルの顔は赤くなっている事だろう。しかしそれ以上に————










  「————うっ……ぅぅゥッ!! うわああああああぁぁんッ……ッ!!!」







 ————私の顔は、きっとグシャグシャだ。


 温かい。寂しくない。怖くない。
 そうだ。あの日からほんの少し変わった。
 ずっと一人だった私の隣に、キルがいてくれた。
 だから前に進めてたんだ。守られていたんだ。
 今も皆に、私は守られている。だから今度は————



 今度は私が、皆を守りたいんだ……————。






      ————————第22幕 完————————