複雑・ファジー小説

Re: もしも俺が・・・・。 ( No.30 )
日時: 2013/02/12 21:47
名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

          「後編」




  ————カァカァと烏が鳴り響く夕暮れどき、水島愛奈はふと顔を上げる。


  本を読み終え、もうすでに夕暮れ近い時間であることに気付く。
  本を読んでいると時が経つのは早いな、と改めて実感する。


  ふと窓を覗いてみると、授業が終わった生徒達が帰宅を始めている中、あるところでは喧嘩が勃発していた。

  生々しい音をたて、軽い悲鳴やうめき声が聞こえてくるような気がするほど。
  喧嘩をしている人の内、唯一私が知っていたのは、私のクラスメイトである黒川という人。

  上級生であろう男3人をものともせず、ただ後ろにいる下級生(私と同級生)を守りながら拳を振るう。

  そして気付けば、立っているのは彼一人だけだった。
  一発も殴られることなく、軽やかな動きで上級生3人を鎮圧させてみせた。
  喧嘩慣れ……しているようだった。彼はもしかしていつもこんなことをしているのだろうか?


  弱いものを守るために、たとえ自分の手を汚してでも守りぬくような事を————。










   ————やれやれ。やっと倒れてくれたか。


  やはり人を殴るというのは慣れないな。心にズキンとくる。
  ……今日も手が汚れてしまったな。

  私は持参するハンカチで自分の拳についた返り血を吹き、
  倒れた上級生三人を雨が降っても濡れないように近くの木の下に移動し、一息つく。
  確か今日は午後から雨だった気がする。だから一応、な。

  そして一番の目的は、奪われたお金だ。

  上級生の懐を一人ずつあさっていくと、やはり奪われたと思われる財布があった。



   「あ、あの……」



  今まで一言も喋らなかった下級生(黒川と同級生)がやっと声を絞りだす。どうやら正解だったらしい。


   「君のだろう? これからは気を付けるといい。」


  スッと私が差し出すと、一瞬ビックリしたような表情を見せた。
  どうやら私が横取りを狙った輩に見えたらしいな。それがすんなり返すものだから驚いたのだろう。

  やれやれ、私はそんな卑怯者ではないというのに。輩でないと分かって安心したのか、目に涙を溜め、


  「ありがとう……ありがとう……。」と、ただそう言われた。
  ……全く、やはり恥ずかしいものだ。感謝を言われるのはな。


  そう、これでいい。


  傍から見れば、私も輩と変わらないのだろう。ただ喧嘩大好きの少年にしか映らないのだろうな。
  ……それでいい。否、仕方ないのだ。他人の目なんてどうでもいい。

  風紀委員会が正せていない治安を、私が拳を振るう事で正せるなら、
  これほど幸せな事はあるまい————。



   「…………これで、本当にいいのだろうか?」



  そっと呟く。思わず漏れ出た本音。

  自分の正義は、本当に正しいのか? いや、違う。
  自分の正義は誰かに理解されるのか?、だ。
  自分の手が汚れ、そんなことまでして、この正義は貫き通すほどの価値を持つモノなのか?


  ……誰にも理解されず、孤高を貫いてまで行うモノなのか?



  “なんだ。私は結局、誰かに理解してほしいだけの、寂しい人間なだけじゃないか……。”


  不安と寂しさ、そして孤独の辛さ。
  自分の正義に対しての揺らぎ。自分の正義に対しての不安。

  黒川の心は、不安と寂しさの二つで埋め尽くされていた……。





  ————少し落ち着いた後、私は自分の教室に荷物を忘れてきたことに気付く。

  なので私は呼吸を落ち着かせた後、教室へと向かう。その途中のことであった……。



   「あっ」


  教室の前で、私は水島愛奈と目が合った。ほんの少しの沈黙。私と水島はそのまま少しの時間静止していた。

  ……いかんな。私は何をしているのだ。これではまるでどこかの青春ドラマではないか。

  私は我を戻し、そのまま真っ直ぐに歩き始める。
  水島の顔を見ることなく、教室のドアを開けようとする……。



   「あ、あの!!」


  水島がふと私に声をかける。
  まさか声をかけられるとは思っていなかったので、ついドアを開けようとしていた手が止まる。



   「あの……こっち、向いて?」




  ————————。







  ……!? なん、だと……? こっちをむけ? どういうこどだ? 


  いやいや、落ち着け。決していやらしい意味ではないはずだ。そう、そうだ。
  確かに失礼だ。呼ばれたのにそちらを見ないのは。
  断じてなんかそのいやらしい展開になるとかではないはず。

  そう思った私はゆっくりと振り返って水島愛奈の方を見る。
  向いたのはいいが、一体なんなのだ? 私は彼女に対して何かしてしまったのだろうか?



   「動いちゃダメだよ……。」


  そういいながら、近づいてくる水島愛奈。
  おいおい!? どういうこどだ? 動くなって、というか顔が近いのだが……。


  すると、彼女はポケットからハンカチを取出し、スッと私の頬を拭き取った。
  その瞬間、私はハッと気付く。

  血が滲む水島愛奈のハンカチ。
  さっきの喧嘩でついた……返り血だ。



   「怪我でも、したの?」



  水島愛奈はジッと私を見つめ、問い掛ける。
  怪我……してないさ。俺は一つも傷を負っていない。むしろ俺は……加害者なのだから。



   「……さっき階段で転んでな。それで頬を————」

   「黒川君は、いつもあんなことをしているの?」



  私が言い切る前に、水島愛奈は私の言葉を遮るように言う。肩がピクッと震えた気がした。

  見ていたのか。これはもうごまかしが聞かないな。



   「……ああ。」


  と、肯定するしかなかった。

  だが、別に私は後悔などしていない。たとえばれたのだとしても、まぁ仕方がない。いずれはばれる事だ。
  これが正しい、とは言わない。間違いだと言われても仕方がない。
  本当にこれが正しいのかさえ、実はというと私にも自信はない。

  だが、少なくとも私はこれが正しいのだと思っている。
  話し合いでは解決せず、暴力を振るってでも、助けなければならない人達がいる。
  それが罪だと言うのなら、私はそれを受けとめる。辞めるつもりはないがな。



   「————それが、黒川君にとっての正しい事なら、それでいいと思う。」



  水島愛奈はふと言った。私は別に何も言ってはいない。だがまるで、自分の考えが見透かされた様で驚いた。



   「なぜそう思うのだ?」


  私はふと聞いてみる。普通、あの場面を見れば軽蔑するはずだ。
  私は理由があったとはいえ、拳を振るったのだから。それでもなお、そう言える理由は?



   「私には、黒川君が悪い人には見えないから。理由も無しに拳を振るう様な人には見えないよ。
    黒川君は正しいと私は思う。だから、そんな悲しそうな顔をしなくていいんだよ……?」



  まさか。そんなわけがあるまい。私は何も言っていないのだぞ?
  にも関わらず、彼女は私の行いを、罪を理解してくれるというのか?


  ……そうか。彼女に本当に見透かされていたのかもしれない。たったあれだけを見ただけで。


  彼女は、優しい心を持っているのだな。目の前の事実だけを見るのではなく、人柄も見る。
  ……なんだ、いい子ではないか。悪くない。
  むしろ、何か心に温かい何かを感じる。ドキドキと心臓が高鳴る。





  ————そうか、と私は理解した。これが好きという感情なのかもしれないな。


  参ったな。いつの間にか、彼女のその優しさに惹かれていたとは。呆れた男だ。

  だが私は、これでいいのだ。自信を持っていいのだ。
  間違っていたと疑問に思っていた道を、正義を理解してくれる人もいた。
  そうだ、私は選んだ。たとえ誰もが違うと否定しても、自分は自分の正義を貫く、と。

  だが、不安だった。本当は誰か一人にでも理解してほしかった。
  それがいつしか、孤独の寂しさによって忘れかけていた。


  けれど、もう大丈夫だ。彼女の一言が、私の不安を消し去り、明確にしてくれた。

  私はもう孤独ではない。彼女が理解してくれる限り、私は自分の正義に自信を持てる。
  彼女が、私の背中を押してくれた。きっかけになってくれた。




  もう、悩む必要もない。これが私が選んだ正義なのだから————。




  これがきっかけとなり、黒川と水島は仲良くなり始める。
  そして、黒川はさらに決意を固くする……。


  “私が正す。私なりのやり方で、私の正義を貫くために……!!”





  その背中に、あの言葉が存在し続ける限り————。





    ———————— Fin ————————