複雑・ファジー小説

Re: もしも俺が・・・・。 ( No.37 )
日時: 2013/02/13 00:07
名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode



          「パート2。」




  ————のび太は一般の人に比べれば、決して恵まれた才能を持っているとはいえない。

  否、それは決してのび太が一般の人に劣っているということでは決してない。

  例えば、この世界では知能や運動能力が評価されることが多いが、
  別の世界や時代では剣の扱いの上手さや、射撃のセンスが評価されるときだってある。
  のび太の得意な事と言えば、射撃とあやとりが有名だ。
  射撃のセンスを言えば、プロの狙撃手に劣らない程の腕を持っているのだ。


  つまりは、そんな世界にのび太が生きていれば、彼は英雄と言われる程の評価を受けていたことだろう。

  だが残酷にも、この世界はのび太にとっては評価を獲得するのが難しい世界になっている。


  ————なら諦めるか? 否、そうではない。ならば創造するしかない。

  自分が評価してもらえるような技術を、自らの手で会得し、不利な部分を補うしかない。
  野球だって同じだ。たとえ運動能力が悪いというハンデを抱えた上で、
  それでも戦っていけるような技術を獲得するしかない。


  “僕が出来る事は……————。”


  少年は頭をフル回転させる。霧島や水島のようにはいかないかもしれない。


  それでも、自分が出来る何かを探すために————。



   「……のび太のやつ、さっきから周りの事が見えてないみたいだが大丈夫か?」


  ジャイアンはバッターボックスに立ち、一心にピッチャーを見つめるのび太を見て言う。
  そんなジャイアンの隣に立ち、フッと笑った霧島は、「大丈夫だ。」と言う。



   「集中してる証拠さ。それにな、今こそのび太君が成長するときだ。

    ————自分に出来る、『何か』を見つけるためにな。」



  のび太は、ただキッとピッチャーを見つめる。

  相手のピッチャーも、今までののび太の様子とは違う、と本能的に察する。
  ひとまず様子見だ。第一球、振りかぶって投げる。

  球種はストレート。コースは外角高め。

  その一球は、あっさりキャッチャーのグローブに収まる。判定はストライク。


  “様子見か? というか、のび太が初めて一球を『見てきた』な。”


  今までなら、問答無用で振り切っていただろう。これだけでも、十分進歩と言える。
  ピッチャーは一呼吸置き、ニ球目も早急に投げる。

  今度はストレートの内角低め。これものび太は見逃した。判定はボール。



  “やはり何かが違う。のび太がおもむろにバットを振らないなんて。
   際どいコースに投げ込み、バットを振らすつもりだったのに思惑が外れてしまった。じゃあ今度は————”


  3球目、ど真ん中、ストレートだ。かなりの速さだ。
  これほどの絶好の球はない。これなら振らざるを得まい、とピッチャーは考えた。


  ————瞬間、のび太は動く。思い切り振り切った!!



  ……と思いきや、まるで力を抜くように軽くバットに当てて、ファールにした。


  “……? なぜ振り切らない? 今のは絶好の球だぞ? にも関わらず、今のは前に飛ばす気がなかった。

   まさか計っているのか? 速度とタイミングを。のび太がまさかそんなことをするとは……。
   確かにそれなら今までの見逃し、バットにただ当てただけのバッティングも頷ける。


   ……なら、それが無駄だと教えてあげないとな————。”








  ————相手のピッチャーは今頃、感付いたころだろう。

  のび太の今までの見送り、当てるだけのバッティングの意味を。


  それは球の速さ、タイミングを見極めるためだという事を。
  そして同じく閃いたことだろう。その事に対しての対処法を。

  対処法は凄く簡単だ。つまり、のび太君が見ていない『球種』を投げればいい。
  相手のピッチャーは今までストレートしか投げていない。

  つまりストレート以外の球種を投げれば、
  のび太の計っていたタイミングとやらは全く役に立たない。


  そう、ただそれだけだ。しかしな————



  “そんなことは……のび太君が一番よく知ってるんだよ————!!”


  のび太は『気づいている』。ここまでの展開を。相手のピッチャーの考えに。
  次の球、必ずストレート以外で来るだろう。フォーク、カーブ、シュートのどれかだ。
  そして間違いなくストレートは来ない。これはもう確信している。


  のび太の本当の狙いはたった一つ。相手に『変化球』を投げさせること。


  今までの見送りやファールは、ストレートを投げにくいような状況にし、
  相手に確実に変化球を投げさせるための作戦。

  ではなぜこのような状況を作り出すのか。ストレートを投げさせてはならないのか。


  “多分……奴の『才能』に気づいているのは俺ぐらいだろうな。”


  霧島は確信していた。のび太君の隠れた才能が何かを。




  ————ずっと考えていた。彼はなぜ射撃が得意なのだろう?


  射撃に最も必要な部分と言えば、『目』。
  対象を捉えるための動体視力、遠近感や立体感を正確にはかる為の深視力、などなど。

  彼の隠れた才能、それはこれらの能力が異常なまでに発達しているという事だ。
  これらの視力が長けているからこそ、彼はあの圧倒的な射撃センスを持っている。

  これが一体何の関係があるかって? 大いにあるさ。
  はっきりと見えていると、見えていないのでは全然話が違うのさ。


  “そう、のび太君には————”





  ピッチャーは振りかぶる。そして力一杯に渾身の4球目を投げる……。

  コースは内角高め。球種は……


  のび太は力一杯に振りに行く。一直線ににボールを捉えようとする。
  が、突如ボールはフッと落ちる。これは————フォークだ。
  のび太はすでに振りに行っている。ここから振りきろうが振るまいが、
  いずれにせよストライクで終わってしまう……。


  誰もが終わったと思い込んだ。三振で終わってしまうと思い込んだ————。






   ————二人を除いては……!!!



  “今ののび太には……その急な変化球に対応できるほどの力と集中力がある!!”

  三振? バカを言うな。諦めるのはまだ早い。この霧島様は知っている。


  一つだけ言っておく。のび太君にとって、これは『計算内』だ。
  もしも、これがストレートならそれこそのび太君は負けていただろう。

  ……なぜなら、今ののび太君にあの速いストレートを完璧に捉え、前に飛ばす技術と力がないからだ。

  ストレートはどの球種よりも速く、力がこもっている。
  普通の人にとっては、ストレートはかなり打ちやすい球種なのだが、
  力のないのび太君にとっては、たとえ当てても平凡な内野フライに終わってしまう。

  だからこそ、のび太君にとって不利なストレートを封じることで、
  自分が打ちやすい状況を作り出したのだ……。

  変化する? 関係ない。
  彼にとって、変化球は『遅くて力のないストレート』と全く変わらないのだから……。


  だからこそ、のび太の異常なまでの動体視力がフォークの変化を完璧に捉え、
  そして深視力で再度自分のバットとの距離感を正確に捉え、



  のび太君は必ず……その球を完璧に捉える————



   「————ッ!!!!!」


  のび太は打ちに行った姿勢を強引に変える。
  姿勢を低くし、バットの軌道を無理やり修正し、それでもって力一杯……





    「やあぁぁぁッッ!!!!」



  ————そのフォークを完璧に捉え、振り切った……!!!


  弾道に近い猛烈なスピードでレフトとセンターの間を抜けていく。
  これは長打コース。不意を突かれた相手の守備は急いでボールを追いかける。


   「走れッ!! のび太ぁッ!!」


  霧島の声援が皆を掻き立てる。のび太も一心不乱にベースに向かって走る。
  すでに水島は3塁ベースを踏み、ホームへと帰ってくる途中。
  のび太君は1塁ベースを踏み、2塁ベースへ向かう。

  水島は無事にホームベースへ帰還。一点が追加された。
  その時、ようやく守備はボールを拾い、二塁ベースに投げ込まれる。
  のび太は必死に走る。ここでアウトになれば全てが台無しだ……。



   「間に合えぇぇぇーーー!!!!」



  のび太は2塁ベースに飛びつく。そしてちょうどボールが2塁に帰ってきて、のび太君の手にタッチする。


  判定は……際どいところ。結果は————








   「……セーフ!! セーーーーフッ!!!!」



  判定はセーフ。見事、のび太君は2ベースヒットを叩きこんだ……!!



   「うわぁぁぁすげぇ!! アイツ本当にのび太か!?」

   「しかも一点もぎ取ったぜ!? これで2対0!!」

   「勝てるぞ!! よくやったぜぇのび太ぁ!!」



  ベンチも大盛り上がり、ジャイアンもはしゃぐ様に踊っていた。
  それとは対照的に、のび太君はいまだに信じられないといった顔で呆然としている。


   “あの僕が……一点を取ったの……!?”


  あの時のバッティングの感触、ボールを捉えた感触が手にジンジンと伝わる。
  自分でも信じられない。まさか自分がこんなに活躍できる日が来るなんて……。


  これも全部……————



   「よくやったぞぉ、のび太ぁ!! さすが俺様の認めた男だぁ!!」


  霧島はこっちに手を振って、笑顔で叫ぶ。その横には先ほど帰還した水島もいる。



  ……僕はやったんだ。自分の出来ることをやったんだ。
  のろまで運動神経も悪くて、何も取り柄がない僕が……野球でこんなに凄い結果を残せたんだ。



  自信を持って……いいんだよね————?



   「やったよ、霧島君!! 水島ちゃ————」



  ————のび太の言葉はそこで急に止まる。表情が固まる。喜びが……動揺へと変わる。

  満面の笑みだった顔が、少しずつ崩れていき、『いたはずの場所』を一心に見つめる。



   「……きりしま……君? みずしまちゃん……?」


  一瞬目を離した隙に、瞬時に姿を消した二人の存在。
  僕に希望と勇気を与えてくれた二人は、どこを見渡してもいなかった。
  のび太はスコアボードをチラッと見た。そこは各チームの打順の名前が書かれている。


  そこを見ても————霧島と水島の名前はない。


  のび太の前に打席に立っていたはずの二人の名が、そこにはなかった。
  代わりに、のび太の同級生である友人の名前が書かれていた。
  試合の終わった後、ジャイアンとスネ夫にも聞いてみる。霧島と水島を知らないか、と。


  ————だけど、彼らは知らない。むしろ、「誰だそいつ?」と答えた。

  他の誰に聞いても、同じく知らないと答えた。確かに存在していたはずの彼らを。
  僕だけが覚えている彼らは、確かにいた。いたはずなんだ。

  ホームランを打ったのは僕の同級生になっていて、
  綺麗な流し打ちを披露してくれたのも、僕の同級生になっている。


  まるで……元から『存在していなかった』様な……。



   “でも……僕ははっきり覚えているよ。”


  誰が忘れても、僕は覚えている。
  誰が聞いていなくても、僕は聞いていた。
  誰が見ていなくても、僕は見ていた。


  その姿を、その声を、その存在を————。




  “————また会えるよね……? 待ってるからね、霧島君、水島ちゃん……。”


  別れを惜しむ涙をグッとこらえ、少年は空を見上げた————。