複雑・ファジー小説

Re: もしも俺が・・・・。 ( No.66 )
日時: 2013/02/12 23:13
名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

           「パート3。」




  黒川は今まで、彼自身の知る限りでここまで感情的になったことは数えるほどしかないだろう。

  黒川は元々冷静な男であったし、感情のコントロールも得意な方であった。
  ゆえに簡単な事では怒らないし、大抵の事は何もなく流す。
  頭が回る事もあり、常に余裕があるかの如く冷静であった。


  彼の言動や行動はいつでも心に余裕があるように感じる。言動は特に、だ。


  普通の人間でもあまりすることがない、あのような固い喋り方は、
  別にキャラ付けとか、作っているわけではないのだ。
  ただ、彼は気づけばこのような話し方に慣れていて、いつの間にかこうなった。

  自分に嘘を重ねれば、それが気づけば自分になるように、
  別に嘘を重ねているつもりはないのに、黒川はこのような男になった。

  そんな彼、否、人間という生物は、本当に感情が解き放たれた時だけ、本当の自分が現れる。



  それが別人だとしても……だ————。





   「————さっきも聞いたが、もう一度だけ聞こう。貴様は人間か?」



  黒川はバトンから伸びる光が集束された剣を片手に、吐き捨てる様に睨んで言った。
  ミストは目の前の黒川の氷のような表情を見て、クスッと笑った。



   「はいはーい。あたしはねぇー、人間といいたいところだけどぉ、

   ……ちょっと違うかなぁ? 人間を超越した存在、って奴? あひゃ。」


  ウインクするように微笑みかけるミストを無視して、黒川は「そうか。」とだけポツリと言った。

  そして黒川の靴から吹き荒れる様に空気が漏れ出る。次第に黒川の足が地面から離れる。
  バトンを握りしめ、黒川は冷たい眼差しでミストを睨み付け、口を開く……。



   「————だったら安心だ。貴様を容赦なく切り捨てられるからなッ……!!」



  黒川は右足で地面を蹴りあげる。それと同時に空気が強く放出され、空中へと高く跳躍する。
  空中を蹴り、空気が吹き出すような音を何度も鳴らし、自在に飛び回りながら、
  高い位置にいるミストへと光を放つバトンを片手に近づいていく……。


  このバトン、これも黒川の発明品の一つだ。

  名前は、『シャイニングブレイド』。対人外兵器として作られた、いわば『対バケモノ』用の武器。

  バトンの中で溜めている光エネルギーを凝縮させ、固体化させた武器。
  あの『レーザー』と呼ばれるものを固体化したと思うのが簡単だろう。
  多大な熱を帯びており、切れ味は鉄であろうお構いなしに真っ二つ。
  焼き切るというのが正しい表現で、人間もチーズの如く簡単に溶かす。

  つまり、本当の意味で『バケモノ』用の剣であるのだ……!!


  使用可能時間は、たった5分。多大なエネルギーを使うため、長くはもたない。だが、



   「5分あれば、消し炭にするのは容易だッ……!!!」



  そう言いながら、黒川はシャイニングブレイドを振り上げ、ミストにめがけて振り下ろす。

  ミストは咄嗟にその場を離れ、ジジジという熱が発散する音と共に、
  光の残像を生み出したその剣は、ミストを捉えることは出来ずに空を切った。

  その代わりに近くにあった鉄の柱はシャイニングブレイドに触れて、
  触れた部分だけが跡形もなく消え去っていた……。



   「ひゃあー、なにあれ怖—い。」


  ミストは身体をクルリと回転させ、片膝をついて地上に綺麗に着地する。
  黒川はエアブーツで空中を蹴り、今度は地上に降りたミストに向けて急降下する。

  ミストは黒川の振り下ろす剣を横に飛んで躱し、
  流れるような動きで黒川の後頭部に向けて左足で回し蹴りを放つ……!!

  黒川はそれを見ることなく態勢を低くし、ミストの蹴りは頭上を過ぎていく。

  その隙を逃さず、黒川は横に薙ぎ払う様に剣を振るう。
  ミストは身体を捻り、柔軟に身体を動かし、もう片方の右足で黒川の剣を持つ腕を蹴りで止める。
  シャイニングブレイドはミストの首元でピタッと止まる。蹴りを入れて止めなければ斬られていただろう。

  少しでもシャイニングブレイドの刃に触れれば焼切られる。何よりも……



  “怖いなぁ。迷いが全くないし、さっきより動きが格段に良くなってるしー……。”


  ミストは直感で感じていた。たったこれだけであったが、ミストが感じるのには充分であった。

  純粋な殺気。溢れる怒り。目の前の黒川は獣同然の如く……。


  そして何より、ミスト自身にとっては相性が悪い。触れるとそれだけで致命傷を与える剣。
  格闘を得意とするミストにとっては分が悪すぎる相手というわけだ。



   「おい、そんな蹴りで止めたつもりか?」


  ふと黒川がそんなことを言った瞬間、ミストの蹴りが徐々に押し戻されていく。
  黒川の腕の力がどんどん強くなり、ミストの首元に熱を帯びた剣が近づいていく。


   「あひゃ、どうやら引き時かなぁ? 分も悪いしー……。」



  ミストは純粋に感想を述べた。そして、
  押し戻されつつある蹴りを咄嗟に引き、黒川の薙ぎ払いを後ろに飛んで瞬時に躱す。

  距離を置き、そしてミストはクスッと微笑を浮かべ、




   「今日のところは帰るねぇー。まったねぇ、黒川君、霧島君っ。」

   「……逃がすとでも?」



  低い声で、威圧感を感じさせる声でミストに近づきつつ話す。

  一心に向かって来る黒川に目もくれず、ミストはパチンと指を鳴らすと、
  闇があふれ出る様に地上から闇が取り巻くミストよりも二回り大きい『ねじれ』が姿を現す……。

  まるでブラックホールのようで、触れれば吸い込まれそうな勢いだ。
  そして一度だけこちらを見てクスッと笑うと、ミストは闇のねじれの中に飛び込んでいった。
  黒川はその闇のねじれごと、シャイニングブレイドを振り下ろし、斬りこむ。


  が、それはミストの身体は煙のように消え、残っていたのは気分の悪い黒い闇の煙だけであった。

  しだいにそれも晴れていき、結局跡形もなくミストはどこかへと消えていった……。





   「…………逃がしたか。」



  黒川はふとため息をついた。そしてゆっくりとシャイニングブレイドの機能を停止させる。
  停止したシャイニングブレイドはゆっくりと光を失い、ただのバトンへと戻る。

  どんな手品を使ったかは知らないが、ミストはもうこの周辺にはいないようだった。
  取り逃がしたことに対して、黒川は少しの苛立ちを覚える。



  “…………といっても、もう終わった事だがな。”


  今いない相手の事に腹を立てても仕方がないことは黒川も知っている。
  そして一度目を閉じ、心を落ち着かせ、いつもの冷静な自分を取り戻していく。



   「おい、無事か黒川?」



  後ろから霧島が肩に手を置いて聞いてくる。

  霧島が先ほどの戦闘で手から流していた赤い液体はすでに固まっていた。
  対する黒川は怪我こそ負っていないが、精神的にきたものはあったのは確かだが……。




   「……私は無事だ。それよりも————」


  と言って、黒川はティアナの方に視線を向ける。


  ティアナは今も、涙を流していた。ゼロを抱えたまま、抱きしめたまま。

  ゼロの表情は柔らかいものであった。まるで任務を果たして後悔がない、といった表情だ。
  彼女の唯一の支えだった存在。それを破壊した張本人を捕まえられなかったのは失態だったが……。


   「行ってやれ、霧島。もう時間もないからな。」


  黒川はその場に座り込んで言った。その言葉の意味はよく分かっていた。


  タイムリミット。つまり別れが近いという事だ……。
  黒川なりの配慮のつもりだったのだろう。いつ会う事が出来るのかも分からないのだから。


  霧島はそっと黒川の傍を離れ、ティアナの方へと歩み寄る。
  何を声かけていいのかは分からない。今のティアナちゃんには何も言わない方がいいかもしれない。


  けれど、霧島はたった一言だけでも言いたかった。
  ティアナのために、自分のために……。





   「————ティアナちゃん」



  霧島は優しく声をかけた。ティアナの背中から見下ろすようにして。

  彼女の背中が、小さく見えた。あれだけ大人びていた彼女が。
  彼女は霧島に視線を向ける。その目に溜まる涙は痛々しかった。





   「ここで立ち止まってちゃダメだ。前に進むんだ。」



  霧島はティアナに語りかける。彼女は驚いた表情を浮かべていたが、構わず霧島は言葉を紡いでいく。



   「ゼロは命をかけてティアナちゃんを守って傷を負った。それを無駄にしちゃダメだ。
    ゼロは最後まで君を心配していた。生きろって言ったんだ。 

    ゼロだって願っているはずだ。君が元気に、今まで通りに生きてくれる事をさ。それに————」


  そこまで言って、霧島はふとしゃがみ込む。そしてティアナと目線を同じにし、手を差し伸べる。
  ティアナの瞳が見開く。その目に映るのは優しい霧島の表情。


  そして霧島の指先がそっとティアナに触れる。流れ出る涙を拭きとった。






   「————俺だって、ティアナちゃんの泣き顔を見たくないからさ。」




  霧島は笑顔で言った。その場を和ますような温かい笑顔。
  後ろから黒川が鼻で笑ったのが聞こえた。そちらを見ることはなかったが。

  そしてティアナにとって、それは救いの言葉。心が少しずつ安らいでいく。


  ゼロに対する感謝を、忘れてはいけない。

  ちゃんと前を見て、行かなきゃ————。







   「……わりぃ。時間のようだ。」



  ティアナが言葉を紡ぐ前に、目の前にいた霧島はふとそんなことを呟いた。
  少しずつ光を放ち、消えていく身体。足から上半身にかけて少しずつ消えていく……。



   「また……会えるかな?」


  ティアナはふと聞いてみた。その顔はさっきとは違って明るいものになっていた。
  消える霧島に戸惑いを隠せないのも事実だが、今はそれよりも聞きたかった事……。


   「そんなこと聞くか?」


  霧島は悪戯っぽい表情で言った。その後の返事は……聞かなくても分かる。














   「————会えるさ。絶対な。」





  光は霧島と黒川を包み、そして飛び散るように消えていく。
  ティアナの眼前には、光り輝く雪のように降り注ぐ王宮。






   「……会えるよね。きっと。」



  ティアナは微笑んで、独り言を呟いた————。















  黒川が帰ってきた時、霧島は何も言わずに体育座りをしていた。


  きっと相当ショックだったのだろう。ああは言っても、いつ会えるのかは分からないのだから。
  霧島があそこまで惚れ込んだ女性。いづれはまた連れて行ってやりたいと思うが……




   「なぁー黒川ぁ。もう一回行こうぜ!! な、な?」



  霧島は黒川の肩をがっしり掴んで揺らす。無理難題を言うんじゃない。
  もうしばらくは行けない。少なくとも24時間は。


  だから、黒川は苦笑するしかなかったわけだが————




   「あのなぁ霧島、幾らなんでもそれは————」






  そして、思考が止まる。同時に言葉も止まる。

  黒川はある一点を見つめる。霧島はその表情を見て首を傾げ、振り返る。
  光の扉。それが開かれ、そして人影が現れる……。


  まるで光を纏ったようにして現れたのは————







   「……えへへ、また会えたねキリちゃん、クロぽん!!」



  そう、ティアナの姿が確かにそこにあった……。


  向こうの世界で生きるはずの彼女がここにいる。一体なぜだろうか?
  そもそもどうやって来たのか? なぜ来れたのか?


  ……そんな黒川の疑問など知る由もなく、霧島はティアナに飛びつく。






   「ティアナちゃぁぁーーーん!!!!」


   「キリちゃん…………苦しいぃよう……。」




  ギュッと抱きしめられて、パタパタと手を振って苦しいのをアピールする。
  そんな姿を見ていると、なんだか真剣に考察している自分が馬鹿らしくなる。



  “今は……再会を喜ぶとするか————。”


  黒川は微笑して、幸せそうな二人のその様子を見守った————。















  “キリちゃん、ティアナ、もう一度ゼロを治す様に努力する。そしていつか治してみせるよ。”


  “そうかぁ。……よし、俺も応援するぜ!!”


  “うん!! ……あのねキリちゃん、あの時に言えなかった事を言わせて?”


  “…………? なんだい、ティアナちゃん————?”






















  “————ありがとう。キリちゃん……。”








      ————————第8幕 完————————