複雑・ファジー小説

Re: もしも俺が・・・・。『ゾンビ編完結。』 ( No.86 )
日時: 2013/02/22 16:34
名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode


       “サブストーリー 『たった一つのバレンタインチョコ。』”


            「前編」




  ————黒川達が中学二年生へと学年が上がる、今年の2月14日。運命の日は訪れた。


  それは世間ではバレンタインという行事であり、女の子にとっての勝負の日。
  男子はソワソワ、女子はドキドキ。青春という甘い空気が確かにそこにはあった。




   「————今日俺は、朝飯と昼飯を抜いてきたッ!!」


  ちょうど昼休みに入るころ、とある少年は大きな声でこんなことを口走った。

  茶髪にツンツン頭をした少年、霧島勇気のお腹がグウと悲鳴を上げていた。
  急に勢いよく立ち上がったので、座っていた椅子がガタンと音を立てて倒れる音が辺りに響いた。



   「今日は無くても生きていける、そうだろ!? 水島ちゃん!?」


  ビシッと指を指された少女は、クスッと天使に似た笑みを浮かべた。
  彼女はクラスのマドンナである水島愛奈であり、そして霧島の友人でもあった。



   「霧島君、それでも昼飯は持ってこなきゃダメだよ……。」

   「水島ちゃんがくれるから問題ない!!」

   「もう……。……はい。ちゃんとありますよ。霧島君の分も。」



  スッと霧島の前に出されたのは、きちんと包装された例のモノであった。
  ピンク色の可愛らしい柄で、小さく猫のシールが張られているのがまた可愛らしい。

  『霧島君へ』。中心にはそう書かれていた。

  それをマッハの速度で受け取ると、霧島は子供の様に無邪気に喜び、目をキラキラさせていた。



   「さっすが水島ちゃん!! あんがとぉ!! 最高だ!!」



  霧島はさっそくと言わんばかりに包装を開け、中身を吟味する。
  そんな霧島を可笑しいと思って微笑んでいると、ふともう一人の人物の事が気になった。



   「あれ? 黒川君は?」


  水島の言葉に反応した霧島が、少々不機嫌そうな顔をしたのが垣間見えた。





   「……あいつはとっくにここから脱出したよ。いたら『渡される』からな。」



  チラッと横目で霧島はいつの間にか人口密度が多くなったクラスを見つめる。
  どうやら他のクラスの女子も含まれているのが原因のようだ。
  そして彼女達はキョロキョロと誰かを探している様だ。そしてその答えはすぐに分かった。

  女子の何人かが「黒川君いないの?」という声をあげるたびに、霧島はため息をついた。



   「……ええっと、どういう事なの霧島君?」

   「見ての通りだよ水島ちゃん。アイツはモテる。それだけだ。」



  確かに集まっている女子の数はゆうに30人は超えていて、まだ集まりつつある。
  そんな数に苦笑しながら、ふと疑問に思った事を口にする。



   「でもだったらなんでなおさら逃げちゃうの? せっかく貰えるのに。」

   「……アイツは昔からモテるんだ。その度々にクラス一個分か二個分くらいのチョコを貰う。
    そんでそれのほぼ全部本命だ。いわばアイツは男の敵なんだよ。顔が良いからなおさら、な。
    それが原因で他の男子達から絡まれることが多いらしくてな。
    それが面倒で、アイツはチョコを受け取らない様にしてんだと。」



  霧島は最後に、羨ましい奴、と呟くと、水島から貰ったチョコにかぶりついた。
  甘く、とろける様な味だった。脳が溶けるかと思うぐらい、甘かった。

  その話を聞いて水島は改めてクラスに集まった女子達を見つめる。

  確かに女子内でトークをしている時も、よく黒川君の事を聞かれることがある。
  自分と黒川は良くいる仲だからだ。その度に好きだという話を聞くこともあったが、ここまでとは。



   「ま、どうせ屋上にいるだろうから行ってきたらどうだ? 渡す暇は今しかないと思うぜ?

    下校時刻になったら真っ先に帰るだろうから、アイツ。」



  霧島の言葉に若干嬉しく思いつつも、内心不安であった。

  自分のチョコを受け取ってもらえるのだろうか。本命、というわけではない。
  日頃の感謝の気持ちとして、自分の気持ちを込めたチョコを受け取って貰えるのだろうか。

  そんな心配をしていると、見透かされたように霧島はニコッと笑って言った。



   「心配すんなよ。水島ちゃんのチョコは別だ。きっと受け取って貰える。

   ……いや、本人は死ぬほど欲しがってるぞ、多分。

   だからわざわざ俺に教えたんだろうしな。回りくどい奴。」



  そういう霧島に首を傾げて理由を尋ねるが、いやーそのーと曖昧な返事しか返ってこなかった。
  まぁ今はいっか、と頭の隅に追いやり、今は黒川君に渡すことだけに専念しようと考えた。

  水島はフッと微笑んで、「ありがとう、霧島君。」と礼を言うと、ゆっくりと教室を出ていった。


  そんな水島の後ろ姿を微笑して見つめた後、顔を前方に戻すと、あら不思議。

  なぜかは分からないが自分の元に集った30人が、押し寄せる様にしてチョコを前に出した。
  よく見ると先ほど黒川を探していた女子だ。まさか場所を聞きに来たのか?、と思いきや、



   「これ、本命じゃないけど受け取ってぇ!!」

   「霧島君だよね!? これギリチョコです!!」

   「霧島君受け取って!! ギリだけど。半分本気!!」



  押し寄せる様に自分の机に置かれるチョコ。だけどその度々に『ギリ』という言葉が飛んでくる。
  そして挙句の果てには『チョコあげるから黒川君の場所を……』などと取引道具に使って来る者も。

  正直何度心がおられるかと、もしくはこれなんかの罰ゲームと思う程悲しみが押し寄せてきたが、
  まぁその中にも本命な方もいて、それでなくても貰えるのは有難かった。

  やっぱり今日という今日だけは黒川の事を憎まなければ気が済まないと、
  一個人の男子として、霧島勇気は天を仰いでそう思った————。