複雑・ファジー小説

Re: もしも俺が・・・・。『遅めのバレンタインネタ。』 ( No.87 )
日時: 2013/02/22 22:32
名前: ヒトデナシ ◆QonowfcQtQ (ID: j553wc0m)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode



         「後編」





   「————やれやれ。やっと落ち着いたか。」



  屋上で冷たい風に当たって、空を仰ぐ様にして寝ていた黒川はホッとした。

  多分今クラスでは恐ろしい光景になっている事だろう。
  霧島は口の堅い奴だから教えたりはしないだろうが、内心は今も警戒している。
  とばっちりを受けた霧島に後で妬むような目で見られるだろう。後で謝る事にしようと考えた。

  正直自分だってその気持ちを受け取ってやりたいと思ってはいるが、それは無理だろうなと思う。


  なぜなら私が受け取れば、毎度痛い目を見るのは私じゃない。

  女性が一生懸命気持ちを込めて作った、チョコという心そのものだからだ。




  私は小学生の頃、クラス一個分のチョコを貰った。

  その時の私は純粋で、山のように置かれたチョコを持って帰るのに苦労したものだ。
  先生にゴミ袋用の白いビニールを貰い、それでよいしょよいしょと持って帰っていた。


  ……しかし帰りの道中、同じ小学校に通う同級生数人、私の前に立ちふさがった。


  彼らは妬みの目を向けて、私を襲い、不甲斐ないながらもいくつかのチョコを破壊していった。

  私が全て鎮圧させた時には時すでに遅く、
  チョコの大半はとても食べれるようなモノでない状態になっていた。

  女性の心が詰まったチョコを、みすみす私は守りきれずにゴミ同然にしてしまったのだ。

  そんな自分が情けなく、せめて彼女たちの心だけは受け取っておこうと、
  バラバラになって形すら原型を留めていない土がついたチョコを全て残すことなく口に放り込み、
  次の日体調不良で病院に運ばれて点滴を打ったのは、今もいい思い出である。


  あの時の様な事をもう繰り返したくはない。
  彼女達の心は踏みにじられてはならない。どんなことがあっても。
  せっかくの唯一の日なのだ。とても私には受け取れない。

  またあの悲劇を繰り返してしまえば、私は二度とチョコなんて食べられなくなってしまうからだ……。





   「————黒川君。」



  ピクッと肩が震えた。とうとう見つかってしまったのかとため息を吐いた。

  とはいっても、実は覚悟をしていた。
  もしも少人数でここが見つかったなら、その時は受け取ろう、と。
  少なければ守り切れる。その確信はあったからだ。

  そうしていったい何人来たのだろうとドキドキして身体を起こして振り返ると、意外にも一人だった。
  しかも良く知る人物で、私が今、一番チョコを貰いたいと思っている人だった……。



   「水島、か。ここがよく分かったな。」

   「ふふっ、霧島君が教えてくれたの。」



  フッと微笑むと、水島は隣へと腰かけた。制服のスカートが風に吹かれてヒラリと揺れる。



   「悪いな。無言で席を外してしまって。心配、させたか?」



  黒川が微笑して尋ねると、水島は首を左右に振った。

  とはいっても、内心は来てほしかったというのが本音だ。
  霧島にあえて伝えたのもそのためだ。まぁさすがに露骨すぎてあの霧島でも気づいているとは思う。



   「話、聞いちゃった。黒川君がチョコを渡されるのを避ける理由。」



  その時少し黒川が驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかになった。


   「別にかまわんさ。減るものでもない。」


  そう言った。ほんの少し見えた表情に、過去の辛さが垣間見えた気がした。

  水島は、決断しなければならなかった。

  目の前には、渡したい人がいる。けれどほんの少し、怖い。
  拒絶されるのではと心配になった。霧島君はああ言ってくれたけど。

  ほんの少しの勇気なのに、その一歩が踏み出せない。その時だった……。



   「なぁ水島、話……聞いたのだよな?」


  ふとそう呟いた黒川に、「う……うん。」と緊張気味に答える。




   「じゃあ……少し矛盾した話になるのだが————」




  黒川は頭をポリポリと掻いた。何やら気恥ずかしそうで、頬を赤らめているのが目に見えて分かった。
  そして次に出た言葉は、水島も予想だにしていなかった事だった。















   「————チョコ、あるか? 欲しいのだが……ダメか?」





  と、後半になるほど消えゆくような声になっていった。

  それを水島は思わず「えっ!?」と声を少し大きくしてしまう。
  てっきり要らないと言われるかと思いきや、まさか自分から要求してくるとは思ってもいなかったからだ。




   「えっ……でもいいの? 私のチョコ……渡しても?」

   「…………矛盾しているとは分かっている。でも————」



  黒川は水島の方に向き直る。今度は顔を真っ赤にした黒川がはっきり見えた。








   「————君のチョコは欲しい。誰よりも、だ。」




  今度ははっきりと聞こえた。一言一句、はっきりと。

  あまりに直球すぎて、水島も思わず顔を真っ赤にした。恥ずかしかった。
  何秒かぼおっとした後、ハッと我に返ると、「う……うん!!」とそそくさと例のモノを出す。


  バレンタインチョコ。『黒川君へ』と書かれていた。


  それをゆっくりと手渡しすると、「おおっ……。」と呟いて、
  何秒か水島から渡されたチョコをジッと見つめていた。

  水島はそんな彼を前にクスッと笑った。
  なんだ、黒川君は自分のチョコを待ってくれていたんだ。心配する必要はなかった。




   『君のチョコは欲しい。誰よりも、だ。』




  その言葉がリピートされるように頭を駆け巡る。その度に心臓が跳ねる。

  あれ、可笑しいな。私なんでこんなにドキドキしてるんだろう?
  直球的に言われたからかな? 心臓がびっくりしたのかな?


  水島がそんなことを考えていると、ふと自分の肩から背中にかけて何かが羽織われた。


  それは学ラン。男子専用の制服だ。黒川君のものだ。


  隣を見るといつの間にかチョコを見ていた目はこちらに注がれており、
  「寒いだろう? ここは冷える。」と言って制服を被せてくれた。

  クスッと笑って、「ありがとう。」とお礼を言うと、黒川君は何も言わずに水島と反対方向に向いた。
  照れ臭かったのだろう。きっと彼の顔を真っ赤になっているのだろう。


  その後ふと、「なぁ」と黒川が口を開いた。水島は首を傾げて黒川を見つめる。


  少しの沈黙の後、その言葉は小さく響いた……。







   「————もう少し、隣にいてくれ。」




  黒川の小さくつぶやいた声は、確かに水島に届いた。

  水島は照れ臭くなって頬を赤らめる。今も心臓は、ドキドキしている。これがなんなのかは分からない。




   「————うん。」




  短い返事を返し、黒川から受け取った学ランを力強く握って、コトンと頭を彼の肩に置いた。
  一瞬ピクリと身体を震わせたが、すぐに彼はほんの少し身を寄せて、頭を置きやすくしてくれた。

  その時チラリと見えた横顔は真っ赤で、私も同じような顔をしていたと思う。


  二人の空には、チラリと雪が舞った……。






   「いつもありがとう、黒川君————。」






  私の感謝の気持ちは……届いたかな————?






    ———————— Fin ————————