複雑・ファジー小説

Re: 絵師とワールシュタット ( No.10 )
日時: 2013/04/14 23:10
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ECnKrVhy)


■青年と追憶


 常緑の国は、豊かな国だった。
 その豊かさを支えているのは、言うまでもなくその強靭な軍事力によるものだろう。
 周辺諸国よりずば抜けて優秀な人海戦術を会得した兵士たちは強かった。一人が戦うのではない、大勢の兵士が、一つの軍隊として戦うのだ。

 そしてエルネたち兵士は、国の英雄だった。
 命を懸けて刃を振るうその姿は、確かに見事なものだった。生命と生命の駆け引きに、そのスリルに、兵士たちはさらに輝いて見える。

 果たして来たるは、出兵のとき。
 きっとエルネ達が帰りに通るであろう凱旋門を、エルネは他の兵士と共に、軍靴の音を揃わせて響かせて悠々と敵国へと出かけた。
 途中、子供たちが籠一杯に収めた色彩鮮やかな花びらを、エルネたちの頭上に降らせた。澄んだ青空に、清純な花が、とても綺麗に見えた。
 好いた女が、エルネのことを手を振りながら見送っていた。名前を呼ぶと、彼女も精一杯細い声を振り絞ってエルネの名を呼んだ。
 泣くな、必ず帰って来るよと、できるだけ優しい笑顔で答える。うまく、笑えたかどうかはわからない。

 人々に見送られて、遥か砂漠の彼方を目指す。
 徐々に、見送りの人垣は少なくなっていく。それに伴って、ああ、ついに出陣なんだなという感覚がリアルになる。

 ふと、そんなとき。
 人垣の向こうに、誰かがいて、確かに目が合った気がした。

 風変わりなターバンを頭に巻いて、そこから覗く見事な長い黒髪。
 男か女か、まるで性別の分からない中世的な顔立ち。冷めた淡い緑色の瞳。頬に刻まれた禍々しいいれずみ。

 あっ、と思わず声を上げる。
 しかし、次の瞬間、まばたきをした後には、もうその人の姿はどこにも無かった。


 どうしてか、エルネにはその人が誰なのか、どうしてこんなにも目を奪われたのか、まったくわからなかった。
 けれど、どこか、空虚な気持ちだけが残っていた。


 ずっと探していた誰かを、ずっと求めていた誰かを。
 
 今のいまこの瞬間に、まるで永遠に失ったような。


 —— そんな気がして。