複雑・ファジー小説
- Re: 絵師とワールシュタット ( No.2 )
- 日時: 2014/03/02 20:45
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
- 参照: 少年視点で物語が展開していきます
■少年と国王
その少年は、黄土色の髪をしていて、茶色の瞳を持っていた。
周りの人々も同じだ。黄土の髪に、茶色い瞳。それゆえ、黒髪の絵師は少年の目には少し異様に映った。
それにあの、薄緑色のひどく薄情な目なこと!
絵師の去ったテーブルに一人残った少年は、永遠と絵師のことを考えていた。あの絵師は、一体どこから来たのだろう。イスラム人の血を引いているようにも見えた。しかしそれでは、あの人は女性なのだろうか。
一言でいうと、きっと、少年は絵師に魅せられていた。
まるで陶器の作り物のような、あの澄ました横顔が忘れられない。
それから幾日か過ぎた。少年はその間にすっかりあの可笑しな絵師のことを忘れて、街でせっせと働いていた。
生来持っていた人懐っこさはたいそう役に立った。街は、街の人々は、少年のことが好きになった。
過去を忘れて。過去を隠して。
少年は今日も、少年として日を過ごしていく。
そんなある日の朝、少年はいつも通りに目を覚まして、職場へと向かった。 まだ日が昇っていない朝の空気は、いつもどおりに新鮮だった。少年は、贅沢にまだ誰も吸ってないであろう朝の空気を両肺一杯に吸い込んだ。
その職場は反物をつくる場所だった。親方がやって来る前に、朝一番に掃除を済まして、反物を作るための糸を準備するのが少年の朝の仕事だった。
それが、どうしたことだろう。
今日は、もう親方も、他の子弟も、同僚の下男たちも、みんなみんな揃って職場にもう居た。少年がドアを開けると、三十一の冷たい視線が一斉に突き刺さった。
「あれ、今日はみなさん早いですね。すみません、今日は何か特別な日でしたっけ」
その、異様な光景に少年は少し焦りながらみんなに聞いた。
「すまんが、メーヤ君」
親方の重々しい口から、少年の偽名が紡がれた。
「辞めてくれないか、ここを」
「辞める……?」
少年は信じられずに、そうオウム返しに呟いた。
「そうだ、メーヤ!」
下男の一人が非難がましく少年を指差して言った。
「俺の妹も、弟も、母さんも父さんも、あのクソ国王の軍に殺された!俺だってこの通り片目が見えないザマだ!それも全部ぜんぶ、あの国王のせいだ。俺だけじゃない。ここに居るみんな、愛しい人をあの国王に奪われたんだ!!……これがどういう意味か分かるか、恩知らずのメーヤ!!」
「さ、さぁ……」
少年の首筋には、だらだらと冷たい汗が下って行った。
「許せないんだよ!」
それまで黙っていた子弟の一人が、メーヤを睨んで叫んだ。
「国王が、国王の血を引く奴ら全員がな!」
「出ていけメーヤ!」
他の者も口々に怒鳴り散らす。心の底に溜まった、ドロドロとした黒くて冷たいモノを吐き出すように。
「悪魔の子供め!よくもここに居れたものよ!」
その時、親方がゆっくりと立ち上がった。それに気付いた他のみんなは、一斉に黙り込む。
「こういうことだ、メーヤよ」
親方は震える声で静かに呟いた。少年は動かない。
「我々は殺生はしない。もう血は見たくない。けれど、やはり私も許せないのだよ。妻を殺した悪王が。憎しみの記憶は消せないのだよ。……だからメーヤ、すまない。お前が悪いとは一滴も思っていない。けれど、すまない、メーヤ。私も自分の感情には逆らえない。出て行ってくれ。ここを。頼む」
少年は震える体を必死にこらえて、深々と頭を下げた。
それから、冷たい喉から、とぎれとぎれに言葉を紡いだ。
「……今まで、お世話に、なりました。ありがとう、ございました」
最後まで言い終わると、すぐにくるりと踵を返して、職場から出て行った。
頭が真っ白だった。自分の生まれを呪った。
そうだ、僕は、前国王の息子。
呪われた悪魔の子。
働き者のメーヤには、もう戻れない。
ふと、涙がこぼれる。泣いているのか、自分の悲運さに。
馬鹿馬鹿しくなって少し笑うけれども、まったく効き目が無かった。余計に、自分が惨めに見えた。
それに、涙に歪んだ朝の街が、ひどく冷たく、ひどく薄情に見えた。