複雑・ファジー小説
- Re: 絵師とワールシュタット ( No.25 )
- 日時: 2014/03/02 21:19
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
第十一編 絵師とワールシュタット
荒れ果てたワールシュタットに、絵師が現れた。
乾いた風にその長いマントを靡かせながら、青色の空を瞳一杯に仰ぐ。
青だけの、他の色彩の死んだ世界では、異様に派手な絵師の恰好が自棄に目立った。
周りには累々と積み上がる死体。その一つに、絵師はそっと手を触れる。
絵師は黄土色の瞳をそっとまたたいた。
瞬いて、それから瞳一杯に青色の空を仰ぐ。どこからか、死体をついばみに来た黒い鳥が、ギャアギャアと不愉快な声を張り上げて頭上で旋回している。
ここはワールシュタット。死体の山という名の付いた土地。
かつて、俺もこの死体たちと、共に戦ったのだっけ。
絵師は、その黄土色の短い髪を、青色の風になびかせた。
ふと、足元に落ちていた砂漠色のターバンを拾い上げると、不思議と、とても悲しく、それでいてどこか諦めの付いた様な、そんな平穏な気持ちになった。
ターバンの横には小さな手鏡。
拾い上げて自分の顔を映して見ると、どうだろう、見慣れたはずの顔に、その頬に、奇妙な入墨が施してあるではないか。
まるで泣いているかのように左右の目からまっすぐに引かれた直線に、その上に左に二つ、右に一つ描かれた奇妙な円い幾何学模様。
そっとターバンを自分の頭に巻いてみると、いつだったか、記憶の底にある、名前も知らない人物に自分がとても似ていることに気付いた。
誰だっけ。
でも確か、俺とおんなじ絵師だったことは確か。
……ガチャリ。
少し離れたところでそんな音が鳴る。
振り向くと、不思議なくらい何の変哲もない四角い鞄が、独りでに直立していた。
絵師は少し首を傾けると、鞄に話しかけた。
「なぁ、アンタ、鞄よ、俺を誰だかしらないか。絵師だってことは、確かなのだけれど」
しかし鞄は答えない。
微かに留め具をガチャリと鳴らして、そして、そのまま風に吹かれているだけだ。
そらは、いつものとおりに、青かった。
(おわり)