複雑・ファジー小説
- Re: 絵師とワールシュタット ( No.4 )
- 日時: 2014/03/02 20:48
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
■少年と兵士
パチパチパチ。
温かい音がした。
億劫にまぶたを開けると、真っ暗な夜だった。黒天の夜空には、白い星がいくつも輝いていた。下弦の月が、冷たい淡い青色を映していた。
ああ、死んだのか。
ああ、なんてことだろう。
僕は、死んだ後も、独りぼっちなのか。
パチパチパチ。
ふたたび、温かい音がした。
「よお、気が付いたか」
驚いて、声のしたほうを見ると、赤く明るい炎と、その横に座っている若い男が見えた。
「ははあ、生き返って良かったな。死んだらコイツの餌にしてやろうかと思っていたところだ」
そう言いながら、男は足元でうずくまっている大きな狼のような獣を撫でた。
「あなたは……?」
男の赤茶色の長い髪が、炎を映して血のような紅に見える。
「バラージュ。みんなからはそう呼ばれてた。で、あんた、」
男が嬉しそうに笑う。
「こんなところでぶっ倒れてたから、頭のイカれた乞食かなんかかと思ったが、違かろう。あんた第二皇子のエルネ皇子だろ」
ドキリとした。まるで、血が凍るような寒気を覚えた。
「人違いでしょう……。違う、僕は違うさ。僕は街人のメーヤだ」
「いいや、あんたは間違いなくエルネ皇子だ。だって俺は何度もあんたを見てる。あんたも何度も俺を見ているはずだ。あんた相手にゃ自慢にもならねぇけどよ、俺だって昔は一等の城内兵だったんだ。哀しいなぁ、俺は覚えているのにあんたは覚えてないんだから」
「城内兵……?まさか。兵士の生き残りは居ないはずじゃないのか」
「それが、居るんだよなぁ。ここに」
男はガハハ、と豪快に笑った。
「すまねぇな、いまいち忠誠心が欠けててよ。自殺した国王一家に殉死するのも馬鹿馬鹿しい、勝手に逃げ延びさせて頂いた。あんたは知らんかもしれんが、俺のような兵士は大勢居る。もちろんきちんと殉死を果たした奴らだって大勢いるが、……おっと、まさか怒るなよ」
「怒らないよ。僕だってその一人なんだから」
少年は安心して、座り直すと男に向き直った。少年は決して街人ではなかったのだ。れっきとした、貴族、それも国王の血を引く国の後継者だった。
「お父様やお兄様はみんな立派に自害しなさった。もちろん小さな弟たちや、お母様やお姉さまなどの婦人たちまでも、立派にね。その中で一人、僕だけが死ぬのが嫌だった。武装した民衆たちが城内に押し入って来たとき、みんなは一斉に毒杯を飲んだよ。でも、僕だけ飲むふりをして、毒酒を全部床に撒き散らして捨てた。それから、着ていた服は全部脱ぎ捨てて、下着だけになって、できるだけみすぼらしい恰好になって、そっと民衆たちの波に紛れ込んだんだ」
「ほほぅ。詳しくそこんとこ教えてくれ。助けたお礼に話ぐらい聞かせてもらっても良かろう」
「いいよ。ただ、ちょっと飲み物をくれると嬉しいかな。ずっと何も口に入れてないんだ」
男は、気前よく皮袋の水筒をエルネに渡した。そしてエルネは気のすむまで水を飲み込むと、ゆっくりと話し始めた。