複雑・ファジー小説

Re: 絵師とワールシュタット ( No.9 )
日時: 2013/04/14 23:09
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ECnKrVhy)


■少年と平和



 はたしてその夢の国はあった。

 Pes Xarakumy

 広大な砂漠の淵、その国は“常緑の国”と呼ばれていた。
 そこは、長身黒髪、薄緑色の瞳をもった民族が治める国であった。

 多く、異国の者も住みついており、様々な人種を見受けることができた。貿易で栄えた常緑の国は、旅人や、得体の知れない異邦人さえも温かく受け入れる。三年間の兵役に就けば、市民権も得られた。

 そしてエルネとバラージュは迷いなく兵職に志願した。とりあえず、市民権が欲しかった。


 はじめ兵職と聞いて、ひどく過酷な生活を強いられるのだろうとエルネは想像した。が、決してそのようなことはなかった。兵舎で出る食事は最高であったし、どれもこれもエルネの国では見たことが無いような瑞々しい果物が添えられていた。毎日風呂という —— 温かい水を張った部屋に入ることもできた。今まで風呂など入る習慣の無かったエルネたちは、はじめは熱した水になど体を浸すのを気味悪がったが、同僚の兵隊たちに無理やり入れられてからは気が変わった。存外に、気持ちがいいのだ。

 それに、週に一回は、喜劇団や雑技団、遊女たちまで兵舎にやってきては兵隊たちの娯楽を催した。兵職の訓練は今まで皇子だったエルネには少しきつかったが、それでも兵舎での生活は今までで一番楽しかった。

 やがて三年の月日が経った。
 市民権を与えられ、常緑の国の民として生きることが許された。
 これから街に出て商売を始めようと、果樹園へ行って農夫になろうと、何をしても自由である。


 だが、エルネは兵舎に留まった。なんだかんだ言って、兵職が自分に一番似合っているような気がしたのだ。
 あの温室育ちのエルネ皇子は、三年間の兵役の後に、逞しい一人の兵隊として、十分にやっていけるだけに変貌していた。

 ちなみにバラージュと言うと、街で絨毯職人の見習いを始めると言って、兵舎を出て言った。
 妻子を持って、いつか幸せになるのだと、そうエルネに最後、言い残して言った。

 そんなバラージュの後ろ姿を、エルネは兵舎の屋根から手を振って見送った。


 春の、麗らかな日差しの中、
 別れの時は、いつになく空が綺麗な朝だった。