複雑・ファジー小説
- Re: 剣魔錬成の伐魔学 ( No.36 )
- 日時: 2013/01/04 21:23
- 名前: ジェヴ ◆hRE1afB20E (ID: hRBTH4VT)
ソリトゥス半島、中央から南にかけて広がる森は、大陸の中でも有名な樹海である。「人呑みの森」と呼ばれるそこは、魔物が多く生息しているが、その反面美しい場所も多い。
その森の南に存在する湖には、「妖精」が住んでいるという逸話があり、その話では妖精に出会えば願が叶うとされている。また、森が美しく在るのは、妖精達の母である妖精の女王が、森に魔法をかけているからだとされている。同時に、彼女は木々に果実を実らせ、森に「豊か」をもたらしてるのだ。
魔物が多いという事だけが噂になっているが、小動物や人も多くその森に住まい、森の幸に恵まれ豊かに暮らしているのも、一つ事実である。
そんな美しい森が、不吉に「人呑みの森」と言われているのには、夜の森にその所以がある。
【第Ⅰ章:目覚め】
夕暮れ。
踊るように走る風が木々を大きく揺らし、木の葉の群れがざわざわと不気味に鳴いていた。
まだ日が出ているにも関わらず、森に唯一存在する一本道を外れると、樹海の闇が視界に広がり、直感的な恐怖が見た者の心を支配する。そしてその森を訪れた者は、なぜここが「人呑みの森」と言われるのか、聞かずともその理由を自ずと理解するのである。
「一度方角を見失えば、帰れなくなるんだっけか」
そして、森沿いの一本道で馬を走らせていた青年——ロランは、森の奥を眺めてそう呟いていた。
なんでも、この森は、この森に住む住民ですら、迷う事があるのだそうだ。
昔、自分が大けがを負ってしまった時の事だ。ロレッタ・カーネティナという少女が、怪我に効くというハーブを採るために、ここ「人呑みの森」に迷い込んだことがあった。
夜には近づくな、と聞かされていたにもかかわらず、ランタン片手に村を出た時には、大騒ぎになったものだ。
彼女は森によく一人で山菜取りに行っていたらしいが、昼と夜とではまるで別の場所かと錯覚してしまうほどに、景色が違ったという。案の定彼女は森で迷い、夜のうちに返ってくることは無かった。
翌日、彼女がそう遠くない森の中で倒れているのを、探しに行った村人によって発見された。
彼女が言うには、夜は魔物や狼から逃げるのに必死で、随分深みまで迷い込んでしまっていたらしいのだが、朝になると、その場所が見覚えのある場所だという事に気がついたらしい。なんとか村まで戻ろうと歩いたのだが、幼い少女の体力は限界で、もう少しのところでついに気を失って倒れてしまったのだという。
『夜の森は、本当に恐ろしいところだったわ。もう二度と、夜にあの森には行かない』
幼い頃から好奇心旺盛で勇敢だった彼女が、振るえた声でそう言って泣いたのは、今でも衝撃を受ける程印象的であった。彼女が幼い少女だったといえど、彼女の泣いている姿を見たのは、今日を除いてその時くらいしか記憶にないのである。
(夜にこの森は化ける。まさに”人を呑みこむ森”だな)
あの日彼女が持っていた、古びたランタンを森の奥の方に向け、ロランはそんな事を考えていた。
ロレッタは、運が良かった。でなければ、彼女はおそらく、この森に蔓延る魔物に殺されていただろう。
妖精の女王という存在がよく言われるが、実はこの森にはもう一人「主」がいる。ここ一帯を縄張りとする、大型の魔物。
名はコカトリス。詳細は知れない。
鶏の姿をしており、蛇の尾を持っていること。そして、コカトリスの出す”禍き息”は、触れたものすべてを石に変えてしまうこと。コカトリスについて分かっているのは、それくらいの事だ。
というのも、コカトリスと出会い、生きて帰ってきた者が、ほんの一握りしかいないためである。
石にされたか、はたまた別の魔物に襲われたか。
どうあれ、そんな化物を筆頭に、この森には多くの魔物が住みついている。知られていない魔物も、おそらくまだまだ多く存在するだろう。人や小動物も住んでいるが、それらが魔物の獲物にならない、とは言い切れない部分がある。数年前、森の南西に位置していた「クルス」という村が、魔物の襲撃で滅んでしまったというのは有名な話だ。
自然に恵まれている分、危険が多い。それがここ、「人呑みの森」という場所なのである。
迷い込んだものは、生きて森から出ることはできない。夜、魔物に食われて死ぬのだ。
おそらく森の名の由来は、そんなところからきているのだろう。
(……怖い怖い。さっさと宿営地に向かわないと)
ロランはそんな事を考えながら、苦笑を浮かべた。そして、ランプを腰に下げると、手綱を握り締めた。
空の日はもう沈みかけている。もたもたしていると、すぐにでも夜になる。
しかし、幸いなことに、ここから目的は近い。この道を10分も走れば、宿営地に着くだろう。
(宿営地に「伐魔士」の志願者が集まって、共に西のヘルゲンに向かうんだっけか)
ヘルゲンから使者として、王直属の伐魔士がここへ来るらしい。そして彼が志願者の集団を束ね、再びヘルゲンへ向かうのだという。
(その事が耳に入った志願者だけが、今回伐魔士とヘルゲンに向かえるって訳だな。まったく、”アイツ”には感謝しないと)
故郷、ヴェルムによく来ていた旅商人の事を思い出して、馬を走らせながらロランは笑う。
ロランに、今回の事を教えたのは、その旅商人であった。昔から各地を歩き回り、村にも頻繁に訪れていた男だ。彼の話を聞くのが好きなロランとは馬が合い、昔からよくその男の旅のお土産話を聞いたものだった。
そして今回の話は、ヘルゲンで直接聞いてきた話だと自慢げに彼は言っていた。
彼が言うには、ヘルゲンの伐魔士隊長が王から勅命を受け、広場で伐魔士を募う演説を行っていたのだという。
ロランが以前から伐魔士に興味があった事を知って、わざわざその話を持ってきてくれたのだ。おそらく、今回彼からその話を聞かなかったら、千載一遇のチャンスを逃すところであった。
(なにせ、まず伐魔士になるキッカケってのは、まったくと言っていいほどありゃしないからなぁ……っと、あれがそうか)
と、その時であった。前方に、建物の明かりが見え始めた。
「おっ、ようやく着いたか——宿営地!」
それを目にしたロランは、今まで考えていた事などもはや忘れ、思わずそう口にする。
気づけば、木々の少ない開けた場所へと景色が変わっていた。
(久々だなぁ……ここに来るのも、1年ぶりか!)
開けた場所に見えた巨大な木の壁。解放された門からは、賑わう宿営地の光が漏れている。入口のそばに立つ松明は、今のロランにはまるで、旅人を優しく迎え入れていれてくれているようにさえ感じる。
彼が以前訪れた時と変わらぬその佇まいは、どこか安心感を感じさせた。
しかし、その一方で。
(うん? なーんか……騒がしい気がするなぁ。何かあったのか?)
中が少し、騒がしい気がした。
妙な胸騒ぎを感じる。