複雑・ファジー小説

Re: 咎人 ( No.1 )
日時: 2013/01/13 00:50
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: JiXa8bGk)

 初めて人を殺めた瞬間のことは、いつでも思い出す事が出来る。地面に這い、縋ってくる屑に足を差し出した。開いた口から覗く白に、自分の真っ白いエナメル質のスニーカーをぶちあてる。最初に感じた硬さがなくなったと同時に、口から血が噴出するあの感覚。敢えて履いた白いスニーカーが、だんだんと朱に染まっていく様は素晴らしい。
 何度も同じように、機械的に蹴り続けると相手は虫の息になっていった。か細くヒュッヒュと呼吸をするさまが、面白い。それでも止めることなく足を動かしていると、ぐったりと微動だにしなくなる。傍目から見てわかるのは、死を迎えたということ。死を目の前で感じ、死と言うものの素晴らしさと生の儚さを、そのとき自分は知った。
 恐ろしいものを見るような眼で、周りにいた負傷者達は一斉に駆け始める。自分から逃げ出すために。だるそうに狂った雰囲気を纏う自分から、遠くへ行くため。中には自分のことをネットにあげるかもしれなかったが、興味は無かった。ゴシップ記事に載るならのるで、それも素晴らしいことだ。
 生ぬるくなってきた血まみれの口から足を抜く。最後に背骨に全体重をかけた垂直跳びを行ったのは、唯一の情けだ。背骨が折れていればたつことが出来ない。元々人間は四足歩行だったのであろうから、昔に戻れることはこれ以上無い喜びだろう。利己的な考えを持ちながら、その場を後にする。遠くに投げ捨ててあった黒いスポーツ用バッグから、新しく黒いエナメルシューズを出す。白を黒に履き替えたら、その白は濁る川に投げ入れる。その場に残っていても別に構わない。その靴を追って誰が来ようとも興味はなかった。
 どうせ、住む場所は本日限りで変わるのだし。
 夕暮れ時の川原からでて、黙々と砂利道を歩く。そろそろ舗装されてもいい道路だろうに、未だ舗装はされていない。不思議ではある。だが、砂利道だからこその良さもあるのだ。そのよさに気付かずに、この砂利道を舗装するか否かの議論を続ける市の議員には、ほとほと呆れ果てる。
 下らない事物を決めるのに、数日、数週間、数ヶ月もかける計画性の無さには、中学生の自分も呆れてしまう。簡単に決められることは腐るほどあるというのに、一つの議題に縛られ囚われ何も出来ないままになっている姿は、可哀想にも見えるが面白く見える。面白いものなのだ。最善の案が出ている中、その最善を否定しながら議論をする全ての人間が。下らなく、つまらなく、けれど、面白い。
 そんな世界に不釣合いな、自分からしてみれば「思った以上に早く来た」音が鳴る。腐った赤色と、世界を黒く腐敗したものに変えていく音。それは直ぐに視覚と聴覚を同時に侵食していく。軽自動車が一台とおれば上出来の砂利道を、乱暴にパトロールカーと救急車が走っていく。その強い光に負け、仕方なしに砂利道からおり、土手をゆっくりと滑り降りる。
 御礼を伝えるために鳴らされたクラクションが、「お前は悪だ」と言っているように聞こえるのは、仕方の無いことなのかもしれない。何しろ、初めて罪を犯したのだから。それくらいの音で心が揺すぶられてしまうのは、仕方の無いことでもあるのだろう。

 その五月蝿いサイレンと目障りな赤をどうにかしてくれよ。

 虚空にぽつりと呟いてみたが、きっと誰もその言葉に気付かないのだろう。うっすらと聞える男達の声から逃げるように、自分は走り出していたのだから。冬が近いせいで、既にぶどうジュースと同等の暗さになっている空を目指しながら、ひたすらに走る。ひたすら続くこの砂利道の終わりを探しながら。