複雑・ファジー小説
- Re: 咎人 ( No.14 )
- 日時: 2013/03/10 10:34
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: h7rqA5xU)
国際空港とは思えないほど閑散とした空港内のお土産屋は、当たり前だが閑古鳥が鳴いていた。人もまばらな、だがけして安心することができないこの箱の中で、自分は一人眠っていたことを漸く冴えてきた頭が理解する。携帯、財布、イヤホン、何時でも死ねるための青酸カリ入りカプセル五錠、iPod、全てあるかを確認するために体を浮かした瞬間、遠くから乾いた音が聞えてきた。
映画の中で、誰かが使っていた音。
映画の中で、誰かが血を流した音。
ドラマの中で、誰かが使っていた音。
ドラマの中で、誰かが血を流した音。
アニメの中で、誰かが使っていた音。
アニメの中で、誰かが血を流した音。
リアルの中で、誰かが使った音。
リアルの中で、初めて聞いた音。
鼓膜を震わせ、うずまき管へと届いたそれは聴神経を刺激してそっと脳へと音が何かを届けた。そして小さく、自分は笑う。嗚呼素晴らしいななんて感じた、可笑しな麻薬に満たされた脳内は危険信号なんてもの一つも出すことなく留まることを決意する。今、誰かに襲われ命を落とそうが死ぬタイミングが変わるだけだと、そう思っているから仕方が無かった。
中途半端に浮かせた体を伸ばす。全身の筋肉が伸びる感覚と、骨が音を立てる感覚の心地よさにやっと本調子になる。前身を掌でぽんぽんと触りながら、何もとられていないかを確認する。何も取られていないのを確認し、音のなった場所は何処だろうかと荷物のひとつもなかったベンチから、先ほどの音を思い出しつつ歩いていく。
通り過ぎていく風景の中でうごめく人影は、小さく蹲っているのが全てだった。既に見当たらない父親と母親は死んでるか、予定されていた飛行機に自分をおいて乗ったかのどちらかだが、多分後者だろうと自分で納得する。予定通りであれば、既にその飛行機は、イタリアに向かって飛んでいったはずだから荷物が無い理由が判明する。
ブービートラップとかあるなら、それは愉快で面白そうだなんてことを考えながら歩けば、足取りは軽くなった。この状況で楽しんでいるのは、きっと自分ひとりだけであるだろうが、それもそれで独り占めしている気分で悪くない。ふと視界の端に写った赤に、今日の出来事と、今までの出来事の全てがフラッシュバックした。河原にやってきた大量の赤赤赤赤赤赤赤赤、それは血よりも鮮やかで夕日よりはくすんで見えた色。
死んでいった元友人かける沢山と、殺した元友人かける沢山、これから殺す予定の現人間かける二(既に飛び立ったけれど)。自分の記憶に残っていた彼等の死んだ姿が、これから死ぬ姿が一挙に現れ出た。瞼の裏に焼きついた世界が、自分の全てを支配する錯覚に襲われて吐き気を催す。どうしようもなく気持ちが悪い色色色色色。その赤は聴神経をも壊すサイレンを携えて段々と着実に近づいてくる。嗚呼くそ、何時捕まるのか心配で生きているわけじゃないはずだったのに、なんて思っても何も変わらないこの世界はきっと、誰よりも残虐なんだろうな、と足を動かしながらそう思う。
遠くから男と女の喚き散らす声と怒声が混ざり合って聞こえる。立ち止まって携帯を出し電源を入れると、自動で受信箱が開いた。機械の仕様を改造することに長けた知人にやってもらってよかったと思ったのは、今日が初めてだ。喉までやってきた吐き気を何とか飲み込みながら、受信箱を開く。一番上にあった「sKWOanou-vivil36@pj.co.jp」の文字に安堵した自分がいた。
>速報速報!
>あんたが乗るつってた飛行機があった空港からの速報きたぜ。
>飛行機ジャック企ててた輩(男五人、女一人)が、空港内で発砲だとよ。良かったな、俺みたいなくだらねぇ速報大好き野郎が居てよw
>取り敢えず飛行機に乗ってねぇんだったら、気をつけな。犬も着いてるくらいだろ、気をつけな。
>
>
>
>誰がこんな速報スレ作ったかは知らねぇが、感謝してるぜ。
>俺が初めて、あんたに借りを返せるんだからなあw
>
>ま、健闘は祈ってるよ。
普段どおりの素っ気無さが、今は逆に嬉しかった。他のメールも一通り目を通すが、内容はどれも一緒だった。誰が余裕たっぷりでこの空港で行われてる銃初事件をスレッドとして作り上げたのか不思議でたまらない。けれど、それよりも今はまず目の前の惨状を目に焼き付けるのが先だった。
「あ? お前、何見てんだよ」
「別に何も。それ以前に、何か理由をつけないと見てはいけない決まりでもあるのだっけ。それだったら素直に謝りますよ、すいません。だけれどまぁ、警察も来たらしいですし、そこらへんの死体つか怪我人どうするつもりですかね。自分がいったところで、何にもならないですけど。酔狂な血みどろ大好き人間が見に来たってことで、許してもらえませんかね」
弱いくせに偉そうな男が強気口調で言う。自分に現在、男への興味はこれっぽっちもなかった。自分の饒舌具合に嫌気をさしながら、全てをたった三回の息継ぎで言い終える。あっけに取られた風だった彼等は足元にある血だまりを気にせず、自分の直ぐ前へと歩み寄った。手に持った拳銃で思い切り頭を殴られたときの痛みを感じる前に、自分の意識は虚空へと消えていった。
二度目の強制的な睡眠のあと直ぐに、癖で拳を握り締めると、直ぐ近くでパァンという少し前にも聞いた音がする。視線を投げてみれば、心臓や頭などを打ちぬかれた死体が八つ。今さっき出来たばかりの死体の穴から我先にと出てくる血液が、自分の履いている靴にぴったりと吸い寄せられていた。