複雑・ファジー小説
- Re: 咎人 ( No.2 )
- 日時: 2012/12/27 01:34
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: PU7uEkRW)
運動部でよかったと、この日だけは切実に感じた。数十分走っても、足は動き腕を振ることが出来る。足を止め、息を整えた後に後ろを見れば、既にあの川原を見ることは叶わない。前方に視線を戻すと、見慣れた我が家への道が広がっていた。
ヨーロッパの風景が広がっているような、そんな住宅街をまた一心不乱に駆け抜けていく。この住宅街をぬけたところにある古き良き日本家屋。そこが、自分の家だ。近頃は雨などの影響で外に面している木が腐敗しているせいから、近所の子ども達には「幽霊屋敷」やら「妖怪が住んでる」など言われている。
けれど、住んでいるのは自分と自分の両親と祖父母だけだ。番犬代わりに土佐犬が一匹と、ドーベルマンが二匹だけの、家である。錆びた鉄の門をあけ、敷地内に入る。門から玄関までは、目測十メートル程度。けれど、そんなものも今日で考えることも無くなる。からからと音を立てて玄関の引き戸をあけると、中から「お帰り」と声がする。返事はしない。それがいつの間にか普通に成っていた。
乱暴に靴を脱ぎ捨てて、部屋に向かう。階段が無いため、自分の部屋は玄関から一番奥の、北側。窓も北側にしかないので太陽光に頼るだけ無駄な部屋だ。既に暗い室内に、明かりを灯す。明るくなった室内に現れるのは、木造建築には似合わない電子機器とダンボールの山。カーテンを閉め、電源が付いたまま省エネモードに入っているパソコンのマウスを動かす。
瞬時に切り替わる画面には、ニュース速報が映し出されていた。近所に住む中学生が、何者かに襲われ死亡。そのニュースを下らないと一笑し、パソコンをシャットダウンする。近くに用意していたパソコンが送られてきたときにまとっていた服を、パソコンに着せる。手元から離れるのは少し悲しいが、それも仕方ないとして服のファスナーをしめていく。周りにおいてあるダンボールたちの中央にパソコンを置き、身に着けていた服を脱ぐ。
汗と付着した血が、どうにも気持ち悪いのだ。自分のものではない他人の血がついていることが。他人によってかかされた汗が。気持ち悪くてたまらない。ただそれだけを思い、生まれたときの姿になる。外は既に氷点下を記録していた。そのため、隙間から入ってくる冷風が自分の体を冷たく撫でる。寒さでキュウッと萎えたそれを優しくなで、下着とズボンを取り出す。
箪笥の中の下着もいくらか冷えており、履き終えたあとまたキュウッとそれが萎えた。黒のカーゴパンツに足を通し、白いワイシャツと黒いベストを身に着ける。最後に羽織ったのはヴィジュアル系と呼ばれる輩が着ていそうなロングコート。長さは大体、脹脛より少し短いくらいだ。灰色のファーが首をくすぐり、一歩歩くたびにカーゴパンツについたチェーンが、無機質な演奏をする。
遠くから聞える「そろそろ行くわよ」の声に従い、部屋にあるダンボールたちをいくつかずつ持ち、玄関へと向かう。何往復かしたあとで、大き目のスーツケースを玄関まで運ぶ。玄関においていたダンボールの山は、往復していくたびに零に戻っていた。ダンボールを車に積んでいるのであろうことは、分かった。それを父が行っていることも、予想は付く。自分の荷物を軽々と持つには、女の腕では不可能だからだ。
重たいダンベル四つ。手錠数個。モデルガン腐るほど。全てが整理された状態でダンボールに詰め込まれている。細かい作業が好きな自分にとって、ダンボールに物をつめるという作業は楽しみでたまらない。父の転勤が多いため、自分自身も転校が多く、その中で培ってきた楽しみなのだ。それも、これで最後になるかと思うと上辺だけだが寂しい気分になる。
「車に乗れ」との声に促されるまま、エナメル質の黒い靴を紙袋に詰め靴箱から、一つだけ残されていたブーツを履く。スーツケースも、黒い。数枚ほどシールを貼っているが、全て海外で購入したものだ。現在は日本。次に行く場所は、イタリアだ。