複雑・ファジー小説
- Re: この話、内密につき ( No.10 )
- 日時: 2013/02/10 10:52
- 名前: 卵白 (ID: bMBSwVLq)
子供一人を置いておくにはいささか広すぎるような洋風の部屋に、上質なベッドがど真ん中にちょこん。庶民が見れば「なにこれスペースの無駄遣い」と言うような、そんな空間。
庶民の筆頭である私は、そのど真ん中に配置されたベッドの上で、居心地悪そうに身を捩らせた。
どういうわけか、ラノベ的な転生を果たしてしまった私は、誕生から五年経ってしまった。
私には、出産から三歳になるまでの記憶が一切ない。ショックで忘れていたのだろうか? 乳児の時の記憶はすこーんと抜けているのは、すごくありがたかった。
何もしなくても熱を出してしまうこの体が、ひどく憎たらしかった。熱を出すたびに母上(母上と呼ぶように執事達に言われた)が、心配そうな顔をして、慣れない手つきで自ら世話をしようとするのが、嬉しくもあったし、申し訳なくもあった。
熱を出すのは、大人でないだけマシかもしれないが、多分脳みそが私という『少女』の思考についていけないからだろう。もしかしたら単なるストレスかもしれないが。
口から溢れ出たため息に苦笑して、ベッドから起き上がる。起き上がろうとして着いた手が、低反発のベッドに沈み込んだ。
ふっと近場の窓を見やるとまだ月が見える、ちょっと早すぎたかな? なんて思いながら、現代にあるようなものよりも、ちょっと近未来的なデジタル時計へ視線を移す。……どうやら私じゃない私の記憶も、体には染み付いているようだ。おおう、六時でこの暗さ? ってことは今は冬か、どうりで寒いわけだ。
ぶる、と震える体を両腕で抱いて、肩口を摩る。
「失礼いたします」
その声と同時に誰かが入ってくる。驚いて視線をドアの方向に向けると、金髪碧眼のイケメンで……私の専属執事である、バートラムがいた。彼はにっこりと微笑むと、優雅な足取りでこちらに歩み寄り、恭しくお辞儀をする。
「今日は体の具合は如何で御座いましょうか。具合が悪いようでしたら、朝食は此方にお持ち致しましょうか?」
「ふむ、こちらでたのめるか?」
いつものように私が五歳児らしくない口調で要望を口に出すと、彼はなんでもないことのように「畏まりました」と頷いた。そして「失礼します」と断りを入れてから私に触れ、それに気がついて両手の力を抜いた私の寝巻きを手際よく脱がせていく。
この家の家族構成は父上、母上、姉上、つい先日生まれた弟、そしてそれぞれの専属執事たちと、その他の執事や庭師やら調理師やら。
近代的、というよりは些かそれを追い越したような科学技術。多分、というか確実に私のいた世界とは違う世界だろう。
それでも、平然としていられるのは私がもともとは物書きで、空想の世界に夢を見ていたからだろうか。
「申し訳ございません、お立ちくださいますか?」
「ん、あぁ…ありがとう。すまないな」
視線を落とすと、白のブラウスに水色のベストといった簡素な服が着せられていた。主人に全く不自由させないで着替えさせるバートラムは、もはや執事の鏡といってもいいだろう。
ベットからのっそりと立ち上がって、寝巻きのズボンを脱ぎ捨てる。バートラムがそれを回収して、黒の半ズボンを私に履かせる。……最初の頃は気恥ずかしくて凄く抵抗したけれど、もう慣れてしまった。簡潔に言うと諦めた。
再びベッドに座ると、ズボンと同じ黒の靴下と靴が素早く履かされた。
どっかの悪の貴族みたいな服装は、バートラムの趣味ではなく、両親の趣味だそうな。
「着替えが完了致しました。朝食を持って参りますので少々お待ちくださいませ」
「ごくろう。なるべくはやくたのむ」
「御意に」
バートラムは一歩下がって丁寧にお辞儀をしてから、私の寝巻きを持って部屋を出る。再び一人になった部屋はがらんとしていて、落ち着かなさに拍車をかけた。
ふと肩甲骨辺りまで伸びた髪の毛が目に入る。流石の天才執事バートラムでも、朝食前にこの髪に触れるのは気が引けたようだ。あの笑顔の仮面の裏で、この髪を怖がっているのかと思うと少し笑えた。
次男としてこの間生まれた私の弟は、父上によく似た金髪と、母上によく似た緑の眼を持っていた。将来は美少年になる事間違いなし、と執事たちが褒めちぎっていたのを覚えている。
美しい金の髪と青の目を持った父上と、亜麻色の髪に緑の瞳を持った母上は、美男美女であり、どこからどう見てもお似合いな二人だった。彼らから生まれる子供はさぞかし美しいのだろう、などと言う言葉を、私がまだ母上の胎内にいるときにさんざん聞いた。
しかし、私は日本人らしい黒髪に黒の瞳を持って生まれた。記憶がない三歳の時まで部屋に軟禁状態になっていたため、周囲から『悪魔の生まれ変わり』なんて言われている事を知らないまま記憶を思い出し、それからは使用人や乳母の手を煩わせる事も無くなったのだから、やはり恐れられてしまった。
どこにでもいる噂好きの者たちが母上の浮気を疑っていたけれど、母上はそんなことをする人じゃないっていうことを、私は理解している。あんなに仲睦まじい夫婦なのだから。
母上はあまり会えない為よくわからないが、父上は優しく私に接してくれる。だけれど、たまに父上の目の奥に、底冷えするような冷たい感情を垣間見てしまう。
その目は、「この子供は私たちの子供になりすましている、化物なんじゃないか」ということを雄弁に語っていた。
そんな考えに怯えて、私は過呼吸を起こして倒れてしまう。随分な虚弱体質になったものだ。……実質、父上の目を見ただけで倒れているのだから、父上に良い感情は持たれていないだろう。
そんな日常を改善するために、私は父上と母上にすべてを打ち明ける決意をした。このまま、あの優しい両親を怯えさせたくはないからだ。
バートラムには昨日、私が父上と母上へ、三人だけで会いたいと、そう言っていることを伝えてもらった。今までワガママを言わなかった子供が初めて言うワガママ。そんなふうに捉えられているだろう。
バートラムが私を嫌って、変な対応をしているから……なんて、思われないことを祈る。バートラムはとても優秀な執事なのだから。
「朝食をお持ちしました」
噂をすればなんとやら、というやつだ。バートラムが、料理の乗った小さなワゴンを引いて現れた。
私は腰掛けていたベッドから立ち上がると、部屋に備え付けられた椅子に座り、背もたれに体を預ける。
バートラムが料理を一つずつテーブルの上に置いてから私の背後に回って椅子をテーブルから僅かに遠ざける。
そして、僅かに震える指先が私の髪を纏め始めた。震えているとはいえ、そこはやはり天才執事としての誇りなのか、手際よく結い上げていく。
数分もしないうちにポニーテールが完成し、アンティークな装飾がついた鏡を目の前に差し出される。
「ありがとう」
「礼には及びません」
振り返って礼を言うと、バートラムは穏やかに笑う。いつもと同じような微笑には、安堵の色が見て取れた。
バートラムが椅子を押してテーブルへ近づける。用意された料理は薄味のものばかりで、私好みのメニューだ。いただきます、というと怪しまれるので心の中でつぶやいてから、スプーンを手にとってスープから口を付ける。
お腹は空いていないのだけれど、このあと両親と話すのだから、と思って無理やりにでも腹に詰め込む。
バートラムは、脇に控えたままそんな私の様子をじっと見ていた。
- Re: この話、内密につき ( No.11 )
- 日時: 2013/02/10 11:55
- 名前: 卵白 (ID: bMBSwVLq)
「旦那様、小太郎様をお連れしました」
「ああ……入れ」
バートラムの声に短い返答が聞こえる。声優のように低くて甘い声は、緊張していますと言わんばかりにこわばっていた。
ドアが開けられたのを確認すると、私はおぼつかない足取りで両親の近くまで歩み寄り、深くお辞儀をする。
「父上、母上、ごきげんうるわしゅうぞんじます。うけたまわりますれば、この度、めでたく男子をご出産されたとのこと、つつしんでおいわいもうしあげます。母子ともにごそうけんとうかがい、なによりの事とあんどいたしました」
私が知り得る限りの敬語を駆使して話す。脳を扇風機張りにフル回転させて話したので、それなりには聞こえるはず、という自信はある。が……父上も母上も険しい表情でこちらを見ていた。何か間違えてしまったのだろうか。
しかし、おじけづいている場合では無い、と気合いを入れ直して用意された椅子に座る。
前世のことを洗いざらいぶちまけてしまうのは、倍の勇気が必要だった。
この世界より僅かに下回る科学技術を持った別世界で死亡し、父上と母上の子供として胎内に宿ったこと。前世では13歳まで生きたこと。母親と姉がいたこと。
そして、前世では女だったこと。
今は男の体として生まれたことに戸惑っており、とてもじゃないけれど成長した後に男として振る舞えるかどうかはわからないということ。
そこから先は死ぬのにちょうどいい時期を見計らっていたことを話した。
見た感じ貴族みたいだったので、家を継ぐとか言っているのを聞き、まだ死ねないと思い今まで生きてきたけれど、次男が生まれたのでその時期は今だと思ったこと。
次男が両親によく似た容姿だから、私が死んだほうがやりやすいだろう。恐れられる子供より純粋でれっきとした息子だとわかる子供に家督を継いでもらうのが最善だろう。
「父上、母上」
声をかけると、二人の肩が大げさなくらい揺れた。やはり、得体の知れない化物に父母と呼ばれるのは気味が悪いのだろう。そう思うと思わず目尻に涙が溜まる。ええい泣くな私、震えるな声!
「お二方が、むすこを心まちにしていたのを知っておりながら、いままでのうのうとほごかにあずかっておりました」
「コタロー……」
母上の心配そうな声音が耳に響く。違う、これは私を心配しているんじゃないんだ。
「いままで、お会いするきかいはほとんどございませんでした。ですが、あながたに産んでいただき、父と、母のあいじょうを一時でも知ることができ、とてもッ……しあわせ、でした」
前世の母さんのことを忘れた訳じゃない。でも、愛されていることを実感して生まれることが出来た、こっちの世界の母上と父上にも、すごく感謝しているんだ。
大切なことを思い出させてくれて、ありがとう。
そんな感謝の気持ちでいっぱいだった。
「母上……いえ、リーベさまにおかれましては、わたくしのことなどおわすれになり、なにとぞ産後のごようじょうせんいつにてすごされますようおねがいもうしあげますとともに、おこさまのすこやかなご成長と、さらなるごたこうを心よりきねんもうしあげます」
最後にそう述べて、私は深々と頭を下げた。
- Re: この話、内密につき ( No.12 )
- 日時: 2013/02/11 20:42
- 名前: 卵白 (ID: bMBSwVLq)
--父親視点--
ありえない告白をした私の愛し子は、深々と頭を下げたまま動こうとしなかった。胎内にいた時から既にすり替わっていたと聞かされ、そんな馬鹿なことが、と思ったけれど、心のどこかで納得している自分にひどく腹が立った。
この子の姉であるミサは普通の子供なのに、どうしてこの子だけこんな異質に生まれてしまったのか?
そんな思いが胸中を駆け巡り、それと同時に、この子の下げられた頭から伝わる、深い悲しみもひどく心を打った。
この子は前世の記憶を話したが、父親の事は一切触れなかった。……つまり、前世では父と呼ばれる存在がいなかったのだろう。
あぁ、私はどうすればいいのだろうか。腐った父親を追い出して家督を継いだ時も、海の向こうの国が攻めてきたときにも、こんな風に焦ったことはなかった。悩んだことはなかった。
「あなたは、どうして……!」
「リーベ……?」
涙に震えた声でリーベが声を上げた。普段のリーベからは考えられないような荒い語気に、私も思わずたじろいでしまう。
椅子から立ち上がったリーベの表情は、彼女の長い亜麻色の髪に隠されて窺い知れなかったけれど、肩が震えているのは見て取れた。か弱いリーベの事だ、きっと泣いているのだろう。
びくり、と肩を震わせたきり硬直してしまった小太郎に近寄ると、リーベは小太郎の顎先を捉え、上を向かせる。困惑の色を写した漆黒の瞳には涙が滲んでいた。
リーベはそれを見て優しく微笑むと、甘く柔らかな声で彼の名前を呼ぶ。
「小太郎」
「は、はい……ッ」
パァン、と乾いた音が響いた。
思わず、唖然としてあんぐりと口を開く。私も彼も、あの優しく賢い妻が、このような事をするなんて思っていなかったのだ。日に当たらないため白く爛れた小太郎の肌に似合わず、叩かれた頬は痛々しいほど赤く染まっていた。
小太郎は一瞬絶望したような表情を浮かべかるものの、すぐにそれは諦念へと取って代わる。この表情は、五つの幼子がするような顔ではなく、それが子供ではないのだという事を知らしめ、更に胸が痛くなる。
小太郎は叩かれた衝撃で右へ向いた顔を正面へと戻し、しっかりとリーベを見据え、唇を開く。
「いくらでも、きがおすみになるまでののし、ッ……」
「このうろたえ者! うつけ者! 何を申しているのです! 私の胎内から生まれたのであれば、間違いなく私の子にありましょう! それだけの英知を持ちながら、そんな事も分からぬのですか!」
小太郎の言葉は、激情を一息に吐き出したようなリーベの叫びに遮られた。リーベは小太郎を、そのまま上から貴族の形振りなど構わずに抱きしめらる。驚愕、という言葉が相応しい顔は五つの幼子にしか見えなかった。
あぁそうか、それでいいのか。
すとん、と胸の内に何かが落ち込んで、胸の奥のもやもやとした感情が一気に解消されたような気がした。
別に、私の息子は腹の中の子供を殺したわけではない。何故か前世の記憶を持って生まれた、それだけなのだ。
私は一体何を悩んでいたのかと思わず頭を抑えて苦笑する。表情は此方に背を向けているためわからないが、リーベの肩が激しく震えているところをみると号泣しているようだ。
同じように椅子から立ち上がって近寄れば、涙の雫を纏った長い睫毛がふるふると震えている。今まで髪や瞳の色に邪魔されていたが、愛らしい容姿をしているな、と感じて笑みがこぼれた。将来は格好いいよりも美人に育ちそうだ。
「あ、の……」
「何です?」
「何でしょう?」
息子の問いかけに二人同時に口を開く。それが可笑しく、リーベと二人して顔を見合わせて、小さく笑った。
「ッわたしは、あなたさまがたを……おやと、したってもいいのですか……?」
何を当たり前のことを。その思いを込めて微笑みを浮かべ、リーベ諸共抱きしめる。
「父上ではなく、お父さんと呼んでも構わない」
「あら、ならば私もお母さん、と呼んでくださいませ」
冗談混じりに告げたセリフに、リーベが面白がって続く。先程まで泣いていたというのに、気丈なことだ。
三歳の時からぱたりと聞かなくなった声を張り上げる泣き声が、どうしようもなく愛おしく感じる。
このゲミュート・イシュタルは、この賢くも脆い子供の父として残りの生涯を生きよう。二度と、この子が悲しい目をしないように。
心の底で決意をしてから笑って、愛しい子供と妻の体を力いっぱい抱きしめた。
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オマケ。
リーベはドイツ語で愛。ゲミュートはドイツ語で心。
夫婦ふたり合わせて愛する心、という意味を込めてつけました。
イシュタルという苗字はメソポタミア文明の愛の神様の名前です。安直ですね!