複雑・ファジー小説

Re: 夏のおわりの挽歌 ( No.10 )
日時: 2013/04/05 15:37
名前: 名純有都 (ID: GUpLP2U1)

終章 夏のおわりの挽歌

 陽炎がくゆる。雨靄にけぶるあぜみちに、人の影がぽつんと立っている。その人物は叩きつけるような雨の中で、傘もささずに天を仰いでいた。



 夏が逝く。あの女と同じように。



 新聞の片隅に載っていた、訃報。
 身元が漸く判明した、とのことだった。

 風間小夜子(24)。肉親、親戚、伝手は日夜さがしたところ、全て他界したとの情報だった。
 とても小さな記事。
 祖母がさよちゃんと呼び、自分が抱いた女。得体の知れず、不幸なままを望んで逝った女。
 あの手紙を出せば、彼女が追ってくると思った。しかし、きっと彼女はすぐに悟っただろう。

『傷の舐め合いをしたいだけ』。『自身が不幸なことを確かめるため』。

 あの女は、そう言ったことだろう。

「誇り高い女だったな」

 存命していたひととして。存在を霞ませなかった命として。
 女を追うように、夏が消えて行く。残されるのは青年と秋の初めのどこか痛みを覚える匂い。
 いっしょにくるか、と言って、ええ、と頷いてくれるのを望んでいた。
 当たり前だと、思っていた。幸せになりたいという願望など。

 きっと、風間小夜子という人間は初めて「絶望」しただろう。「諦め」た人間が、不意にその向こう側の幸せを直視したのだから。
 祖母に、もう一度会った。祖母は、泣いていた。彼女が死んだ意味がわからないのは当然だった。

 だって彼女はとても幸せそうであったから。

 誰にだってわからない。いつそのアンバランスが崩れるかなんて。


「ばいばい、こうたろうくん」


 そのあとで夏は嫌いよと。笑って逝った声が聞こえた気がした。
 同時に、女の死は最後だけの感動的な雨を残した。

 それが予知されたかのように。その日は乾涸びた村に雨が降った。

 雨が降る。その音色は、さながら広太郎への挽歌のようだった。