複雑・ファジー小説

Re: 夏のおわりの挽歌 ( No.4 )
日時: 2013/03/28 22:25
名前: 名純有都 (ID: td9e1UNQ)

第四章 哀しみと刺し違えた幸せ

「はい、お冷」
「ありがとうございます」
 
 縁側にはやはり風鈴がつけられていて、風に吹かれるたび、ちりんと涼やかに鳴る。ガラスでできたその向こうに見える湧きたつ入道雲、昼も大分過ぎた夏の空。 
 強烈なデジャヴ、センチメンタル、ホームシック……その他諸々の感情が駆け巡って、やがて爆ぜた。
 斉藤さんの家は、私の家と比べ風通しが効いていてとても涼しい。私がチエおばあちゃんと呼んでいるここの家の小母さんは、私を孫のように可愛がってくれている。居心地も、あの焼けつくような外と比べとても良い。

「川の野菜、きっと冷たくて美味しいですよね」
「そうだねぇ、きっと胡瓜が美味しいよ」
「……そんなシーン、どっかのアニメで見たっけなぁ」
「ああ、ちょっと前に、テレビで放送してたかね。さよちゃんみたいな都会の子が、ここみたいな田舎に来るアニメだ」
 
 からんと氷がまわった。軽い音。私ははじかれたように、チエおばあちゃんを見た。

「おばあちゃん、私が都会から来たって、なんで」
「嫌でもわかるよ、さよちゃんは雰囲気が洗練されてるもんでね」
 
 朗らかに、チエおばあちゃんはかっかっか、と笑う。私は彼女を呆然と見ていた。

「なんでも、一人で抱え込むもんじゃない。さよちゃん、まるでどこかから逃げてきたみたいな、荒んだ目をしていたからね」
 
 チエおばあちゃんは、決して私に相談しろとは言わない。私から言うのを、待っていてくれているのかなと思う。でも、私は。私の人生が崩れ落ちたことを他人に知られてはいけないということを、知っている。でも、それ以前に。

——このあたたかい人たちに嫌われたくない。知られて、憎まれて、そしてまた私が恨んでしまうから、だから負の連鎖が起こるのが怖くてたまらない。

「ごめんね、チエおばあちゃん」
「なぁんで謝るんだい。さ、広太郎に会ってやって」
 
 ぽん、と私の背を叩いて、おばあちゃんは笑う。
 広太郎とは、彼女の孫だった。私よりも、いくつか年下だった。
 生きていれば。
 彼は、いつかの年の夜、山に迷い込んでそのまま行方不明になったと聞いた。村の中での唯一の若者だったらしかった。
 そこに私が来て、老人たちを手伝っているから、だから私は彼のかわりのような役目にもなっているのかもしれない。
 おばあちゃんは、つらい過去を打ち明けてくれたのに私は何をやっているんだろう。自分ばかりが、辛いとばかり思って。己のナルシシズムに腹が立つ。
 でもきっと、おばあちゃんにとってそんな感情もただの優越感には変わりないのかもしれない。憐みは、人にとって時に——いや、いつだって、酷なものだから。

 優しく笑っている青年に、私は瞳を閉じて懺悔と贖罪の合掌をした。