複雑・ファジー小説
- Re: OUTLAW 【んーと、いろいろ受付中?w】 ( No.125 )
- 日時: 2013/04/05 20:21
- 名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)
返事をしたい。助けて、って。大丈夫じゃないって言って泣きつきたい。
だけど、塞がれているから声が出ない。声が出ている方向さえ分からない。
「あぁ、そっか。喋れないよね。外してほしい?」
外す?え、もしかしてこの子は自由に動けるの?
どうして?と、疑問が頭の中を駆け巡った。でも、もうこの際疑問しかないのだから、別に珍しいことではないと改めて思い直したのだけど。
とにかく苦しいので、早くこれを外してほしい。声を出したい。喉が枯れている。息を大きく吸いたい。
力が出ずに少し弱弱しくなりつつも、私は首を縦に何度も降った。
「素直ね」
声で女の子だということが分かる。随分大人びた感じだけど、多分同じくらいの年だと思う。
笑ったように感じられる彼女の足音がする。いつもは怖いとしか思えない物音も、何故か今は怖くない。
足音はだんだん私の背後に近寄ってきた。そして冷たい手が私の首筋に触れる。
冷たさにビックリして、ビクリと大きく肩を揺らすと、彼女までおが驚いたような声をあげた。
この子はいつもここに来る変な男じゃない。声も雰囲気も何もかもが全く違う。
だから安心しきって身を委ねることができた。
「はい、できた」
と、そのうち口を塞ぐものが緩んできて、ついにはそれが私の口から外れた。
息を吸い込む。新鮮な酸素が全身を駆け巡った感覚が凄く心地よかった。
「目の方は・・・あなたのためにも外さないことをお勧めするわ」
本音を言うとかなり外して欲しかったが、ここはあまり我儘は言わないほうがいい。口を外してくれただけでも感謝すべきだ。
「高嶺高校の子だよね?お名前聞いてもいい?」
目で見てなくても、彼女がにっこりと笑ってるのが分かった。そういう声色だった。
久しぶりに口を開いた。
「わたなべ・・・かおり・・・・」
口が上手く回らなくなっていた。
それほどの時間、喋っていなかったんだろうか?久々の声帯の振動は、少し違和感がある。
彼女は、私の名前を聞いて、少し考えたように唸ったあと、「2年生ね」と言った。
何故彼女が私の名前を聞いただけで学年が分かったんだろう?
「ねぇ、かおりちゃん。ここによく来る男の人いるでしょう?」
よく分からないあの人のことかな?
そう思って、私はこくりと頷いた。
「口はこのままにしておくから、あの男が来たら伝言ですって言ってくれない?」
伝言・・・?
つまり、彼女は今からここから立ち去るということ?
嫌・・・行かないで・・・。
でも、引き止めるわけにも行かないよね・・・
「なん・・・ですか?」
かろうじて聞き返した私に、彼女は口説くような甘い声で言葉を連ねた。
「『3年5組の黒宮綾さんは、あなたの娘さんに会いに行きました』・・・と」
え?
3年、5組の、黒宮、綾。
友達がいない私でも聞いたことがあるそのフレーズ。
高嶺高校創業以来の問題児。数々の悪行を成し遂げている不良生徒。
まさか、彼女がその黒宮綾さんなの?
いや、でも、彼女が黒宮綾さんじゃなくても今の伝言はできる。決め付けるのはまだ早いかもしれない。
そして、そんな彼女の言い方にも驚いた。
つまり、彼女はあの男の素性を知っているということになる。
「お願いできるかしら?」
不安げな小さな声に私は
「全然大丈夫、です」
としか答える他ない。
疑問しか生まれないこの状況では、その選択肢しかなかった。
「本当?ありがとう、嬉しいわ」
彼女はそう言うと立ち上がった素振りを見せた。
行ってしまう。私はまた1人になってしまう。あの恐怖をまた感じなければならなくなってしまう。
嫌だ・・・嫌だよ・・・
目は見えない。彼女がどんな姿をしているのかはやっぱりよく分からない。
彼女が、本当にあの黒宮綾さんなのかもしれない。もしそうだのだとしたら、関わらないほうが身のためだとも思う。
でもこの状況下では、彼女が誰だかなんて気にする必要はない。
この恐怖を紛らわせてくれるのなら、悪魔でも死神でもいいから一緒にいてほしい。
だから、私はただ声を頼りに手を伸ばし、触れた衣服を掴んだ。
「ん?なぁに、どうしたの?」
「・・・・・・・・・いで」
声が出ない。震えてしまう。
自分が本来言ってはいけないことを言っていることはそれなりに分かっている。
それでも、理性より本能が動いてしまう。
「行かないで・・・くだ、さい」
彼女の動きが止まったことが分かった。
困らせている。そんなの知っている。
でも、今の私は形振り構っていられない。
数秒動きを止めていた彼女は、溜息を吐くように肩を竦めて口を開いた。
「ごめんなさい、そのお願いは聞いてあげられないわ」
分かって、いた。
だけど、やっぱり嫌で。私は手を離すことができない。
「でもね」
彼女の言葉はまだ終わっていなかったようだ。
「大丈夫。今は怖いかもしれないけど、いずれ助けが来るわ。絶対に」
「どう・・・して?」
そんなことが言い切れるの?
助けが来る、なんてそんな夢みたいな話。
だけど、私の「どうして」という疑問に彼女はくすくすと笑いを立て始めた。
なに・・・?何かおかしなこと言った・・・?
「そうね。どうして、ね・・・」
・・・何だろう。
雰囲気が変わった。
さっきみたいな身を委ねてしまうような優しさが感じられない。
背筋が凍るような寒気がする。
どう表現したらいいのか分からない。天使だった彼女はもうそこにいないと思っていい。
確かに一緒にいてくれるのなら悪魔でも死神でも構わない。だけど、これは駄目だと身体が拒絶している。
悪魔や死神なんかとは比にならない。もっと、近寄ってはならない人物・・・。
これなら彼女が黒宮綾さんだと言われても納得できる。
何かを楽しんでいるように笑う彼女の口元が私の耳に近づいてくる。息がかかってくすぐったい。でも、それは今では不気味でしかない。
「じゃあ、あなたは助けてほしくないということ?」
———・・・え?
「助けに来る、という言葉に対して喜びではなく疑問を感じるのなら、それは何かあなたが助けて欲しくない理由があるからでしょう?」
助かりたく、ない?私が?
「あんなことを繰り返したら、生きる気力も失せるのかしら?」
っ・・・。
「ねぇ、どんな感じなの?毎日メールを確認して待ち合わせ場所に行くときはどんな気持ち?知らない男のためにシャワーを浴びて自分を綺麗にするのはどんな気持ち?」
・・・やめて。
「知らない男に身を委ねて快感を得るのは、一体どんな気持ちなの?」
嫌だ。
思い出したくない。
あんなの私が好き好んでやっていることじゃない。できることなら、すぐにでもやめたかった。
生きるために、必死だった。
ただそれだけだった。
生きるためには何かを食べなくてはならない。どこかで寝なければならない。
でも、私にはどちらをするにもお金が必要だった。
要領が悪い私を雇ってくれるところは1つもなくて。売れるものはもう全部売った。携帯さえ、もう持っていない。電気代を払っている余裕なんてないから。
今の私にはただ肌を隠す制服と、学校で使うもの。
それしか、なかった。