複雑・ファジー小説
- Re: OUTLAW 【コメントその他もろもろ大歓迎っ!w】 ( No.166 )
- 日時: 2013/05/11 12:54
- 名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)
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夜の街は、うるさい。
車の音。カップルたちのいちゃいちゃ。裏道での喧騒。卑猥な店への勧誘。酒に酔った無粋な大人たち。また、音に限らず人工的な電気の数々、など。
見慣れたと言っても、やっぱり夜の街は好きになれない。
何だか変な気分になる。だって、この音も、光も、どれも全部俺に向けられているわけではないのだ。うるさいと感じるほど近くにあるけど、どこか遠くにあって、俺の周りだけまるで見えない空気の壁にでも囲まれているような、そんな感覚に陥る。うるさい街は、俺にとっては風景でしかないということだ。ただ通り過ぎるだけの、背景に過ぎないんだ。
それにしても、よくこんな変な空気の日に、こんなに人が集まるものだ。俺だったら絶対こんな時期に外になんか出ない。まぁ、今は別だけど。
「あ、お兄さん格好いいね。どう?ちょっと私と遊んでかない?」
毎日こんな街を歩いていれば、そりゃこういった変な勧誘に遭うこともしばしばある。
「興味ねぇから」
適当にあしらって終わる。相手に流されると思われた瞬間、終わりだと思ってもいい。
俺はノート1冊分が入る大きさのバッグを背負い直し、そのまま帽子を深く被ってその場を立ち去る。変に長居してもいいことなどない。
得に行く当てはないが、だからといってここにいる意味もない。適当に、それこそ風の行くままに、気まぐれに街を放浪しているだけ。
そして、気に入った風景か何かがあったら、その場で立ち止まって俺は真っ白な紙にその風景を写す。
嘘偽りなどが一切ない、俺の絵を描く。
使っているのは何の変哲もないただの色鉛筆だ。絵の具とかは金がかかるし手入れも面倒だから。
でも、そのことに何の不安も抱いていないし、むしろ俺はこっちのほうが繊細な描写がしやすいので気に入っている。
絵はいい。正直で、嘘がなくて、何より信頼できる。
自分の絵に満足したことはない。そんなに上手いとも思っていない。けど、やめようと思ったことは、1度もない。
だから、俺はただひたすらに絵が好きなんだと思う。自分のことなんて全くもって何も分かっていないけど、ただ1つ、そうはっきり言える。
何よりそれが、嬉しかった。
嬉しがれる自分も、嬉しかった。
俺から絵を取ってしまったら、このノートと色鉛筆を取り上げてしまったら、何が残るんだろう。
・・・まぁ、そんなこと絶対にありえないんだけど。
こんなうるさい街にいるのだって、絵を描くためにいるようなものだ。
この街は、うるさいし、騒がしいし、嫌いだ。だけど、嫌いなものだからこそ、自分の手中に収めておきたい。
好きなものを手に入れるなんてことは、俺なんかがしてはいけないことだから。だから、嫌いなものは、自由にさせない。
俺のノートの中に閉じ込めて、時間を切り取ってやるんだ。
でも・・・何だろう。いつもはすぐに決まるのに、今日はピンと来るものがない。
それに、はっきりとは言えないけど、何か空気がおかしい。
湿った空気はこの時期になると毎度のことだ。そんなに気にする必要もない。そんなことは分かっている。
そういう気候的なものじゃなくて、何というか、人間の精神面で、という意味だろうか。さっきから嫌な汗が止まらない。
嫌な予感がする。俺の人生そのものを丸ごとひっくり返されそうな。
そしてそれは、的中する。
「あなたが皐さん?」
目の前に現れたのは、かなりの美少女だった。
切れ長の強めな黒い瞳。対照的な白すぎる肌。モデル並みの体系。長く伸びた黒のストレートヘアー。夜の街、という背景がよく似合う、大人びた雰囲気を持つ女の子だ。
周りの視線もちらほら集めている。年は俺と同じくらいだろうか。それか1つ上くらいか。とりあえず同年代ということは分かる。
容姿だけ見ると、確かにそれは端麗だった。
でも、何だろう。
今すぐここから逃げたい。
この子に関わってはいけない、と脳のどこか、または心のどこかで警告を出している。
なのに、その警告に従うことができない。足がすくんで動けない。目が合っては二度と動けない、メデューサのように。
怖い。天使のようなその微笑みさえ、悪魔にしか見えない。
「・・・そうだけど、あんた誰?」
俺の名前を知っている自体怪しすぎる。ここ数年俺は自分の名前なんか言ったことないのに。
立ち止まらず歩いていればよかった、と後悔した。止まっている俺に、その子は楽しげに近づいてきて握手を求めるように俺に手を差し伸べてきた。
「私、黒宮綾っていうの、よろしくね」
にっこりと笑った彼女に圧倒されつつ、即座にここから離れたい衝動に駆られる。
でも、ここで握手を交わさないのはやはり失礼だろう。いくら、相手が怪しすぎても。
そう思って、俺は内心怯えながら彼女の手に答えた。
彼女の手はびっくりするほど冷たくて、少しだけ顔をしかめてしまう。
「今日はね、あなたにお願いがあって来たの」
「初対面の奴に?」
「あら。私は多分あなた以上にあなたのことを知っているわ」
「は?」
手を離し、彼女は踊るようにくるくるしながら俺から距離を取る。
「だってあなた、自分の両親の名前とか、知らないでしょ?」
「・・・」
・・・本当に、こいつは何なんだ?
楽しそうに笑っている彼女の表情が嘲笑っているかのようにしか見えなくて、不快感が募った。
「私は、あなたが誰と誰の間にどこで生まれて、何でこんなことになったのか。あなたが知らないこと全部知っているわ」
確かに俺はそれらの情報を何1つ知らない。
両親の顔も名前も知らない。もちろん今どこで何をしているのか知らないし、兄弟姉妹がいるのかも把握していない。
俺はいわゆる捨て子、孤児とされる立場で、5歳くらいのときに見知らぬこの土地に置き去りにされたのだ。孤児院みたいなところに保護されてはいるものの、あまり気が合わないので極力帰らないようにしている。小学校中学校は、登校日数以上は通っていない。毎日ただ絵を書いて過ごしてきた。
自分の家はどこだ、とか、母親と父親が誰だ、とか、気になんなかった、と言ったら嘘になるかもしれないけど、だからといって調べる気にもならなかった。
ただ生きるのも死ぬのもどうでもよくて、世界観とか価値観とかもどうでもよくて・・・本当に何も思わないまま、この16年間を生きてきたんだ。
何も思わず、何も思われず。全てがどうでもよく、淡々と。
それなのに、いきなりどうして、見ず知らずの女に悟られないといけないんだ?
まるで理解ができない。
「私、高嶺高校ってところに通っているんだけど、今そこで少し問題があってね。生徒が数人行方不明になっているの」
高嶺高校・・・って・・・何でそんな場違いな奴がこんなところに・・・。
最近造られた新設校で偏差値が高い割りに人気が高い・・・まともに学校にも行っていない俺には雲の上の存在だ。
「それでね、私その子たちを助けたいの」
行方不明になった生徒・・・この口ぶりからすると家出とかそういうんじゃないんだろう。それこそ拉致とか誘拐とか・・・。報道されてたりすんのかな?テレビなんて滅多に見てねぇから知んねぇけど。
そいつらを助けたい、なんて雰囲気に似合わずまともな奴だ。
良い奴だな、と思っていいはずなのに、何だろう、やっぱりそう思えない・・・。
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