複雑・ファジー小説

Re: OUTLAW 【コメントその他もろもろ大歓迎っ!w】 ( No.179 )
日時: 2013/05/27 18:23
名前: ルゥ (ID: powrAiUA)

〜memory story of Koma〜

「お父さん、月がすっごく丸いよ」

夜の高速道路の上を、小さな乗用車が走っている。

「まだ家は遠いから、狛は寝ちゃいな。今日疲れただろ?」
「でも楽しかった!」

7歳の狛は無邪気に車の後部座席ではしゃぐ。今日は狛の誕生日で、一家全員で出掛けていた。
はしゃぐ狛の顔を、ふわふわとした真っ白い毛並みのエスキモー犬が舐める。

「こらスノウくすぐったい!ふせ!」

小さな主人がそう言えば、賢い忠犬はすぐに座席の足元に伏せる。

「狛、お家着いたら起こしてあげるから寝てていいよ。本当はもう寝る時間でしょ?」

母が助手席から振り返る。
狛は素直に従い、座席に座ると目を閉じた。前の席からは運転中の父と母の話し声が聞こえる。母の出身地、オランダの言葉だ。
狛は日本で生まれたが、家では日常的にオランダ語、英語、日本語の三カ国語で会話をするので内容はわかる。そして狛は母と父が交わすこの不思議な、柔らかい響きの言葉が大好きだった。
優しい母の、その綺麗な碧眼は狛にも受け継がれており、父の血が少し混じった、母よりは茶に近い自分の髪。それともう一つ、狛が座る座席の足元にいる大型犬、スノウの雪のような真っ白い毛色。狛が大好きな色だ。狛はこの暖かい家族が大好きだった。
狛がウトウトと意識を夢の中に手放そうとしたその時、

「きゃあぁぁ!!!!!!」

母の言葉にならない鋭い悲鳴が生まれた。同時に父が何かを言ったが、母の悲鳴とかぶって聞き取れなかった。一つ、聞き取れたのは「伏せろ」と言う声。
わけもわからない混乱と不安、絶対的な恐怖が狛の中を埋め尽くした次の瞬間、ガシャンという嫌に大きく不気味な音と共に、狛の視界一面に
一色の闇色が広がった。


***


ピ、ピ、ピ、という機械音で狛は目覚める。視界に真っ先に写ったのは、白い天井だった。
体中がギシギシと痛み、腕さえ鈍い痛みで持ち上がらない。

「お…かあ、さん…?お父さん…?スノウ?……ここ、どこ?」

自分の中で、一瞬前に見えた暗闇への寂しさと不安と恐怖に似たものが狛を襲う。必死に首を動かせる範囲であたりを見渡すと、天井と同じ白い壁や扉に窓、花の入った花瓶、自分の寝かされているベッドに、あたりを埋め尽くす、鼻に突くツンとした消毒液の匂いだけがあった。
わけのわからない恐怖がさらに狛を襲う。
その時、部屋の扉が開いて、白衣を着た男と、女が一人入ってきた。

「あぁ、起きたようだ。良かった。よく生きていてくれた、君はよく頑張ったね」
「ここ、どこ?だれ?…お母さんとお父さんとスノウは?」

その言葉に、男の表情が一気に曇る。

「君のご両親とスノウは、もういない。ごめんね。私は君のご両親を救ってあげられなかった。悲しいけど、三人はもう死んだんだ」

真実のみのその言葉の意味を、まだ幼い狛がすんなりと理解できるはずがなかった。ただ、あの優しい家族を奪った闇に対する恐怖と、居場所をなくした寂しさだけを、狛の心に深く植え付けただけで。


***


高速道路を走っていた乗用車どうしの事故は凄まじいものだった。
両方の運転手は即死、救助されたのは女性、少年が一人ずつ、犬が一匹。犬の方は救助後、間も無く死亡。女性は少年が意識を戻す4時間程前に集中治療室で息を引き取ったらしい。
少年は重体だったものの、半年後に退院し、児童養護施設へ。
病院で意識を戻した後からひどく暗闇を恐れ、暗闇に長居すれば発狂しては気を失うことを繰り返し、ひどい時には自傷行為さえしていたという。
少年の誕生日に起きたその事故は、新聞の「多くの小さな事件の一つ」として片付けられた。
それは合計4つの尊い命と、少年の人生において最も大切だったものをすべて奪い、人々の記憶に残ることなく消えていった。