複雑・ファジー小説

Re: OUTLAW 【オリキャラ募集中 数限定あり】 ( No.18 )
日時: 2013/04/02 23:58
名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)

<ハジマリ>


「おい。・・・・・・おいっ!」

 何度話しかけても、返事は返ってこない。

 雨は少し前に止んでしまった。赤い傘は、今は前を歩く彼女の手に閉じたまま握られている。

 夜といういこともあり人通りが少ないことだけが幸いだが、自分より小さな女に無理矢理手を引っ張られる姿は、想像するだけで泣けてくるものがある。

 つい手を取ってしまったことが失敗だった。まずは多少の自己紹介の会話でもすればよかったのだ。

 気付いたらもう手が伸びていて、握り返されていて、不覚ながらときめいていて・・・そんなことをしているからこんな状態になったんだ。

 まだ俺は名前も言ってないし、聞いてもない。一体どこへ連れて行かれるんだかも分かっていない。ある意味これは危ない状況なんじゃないか?

 だけど、どっちにしろ俺にはもうどうでもいいのかもしれない。どうせ行く当てなんてなかったんだ。導いてくれるだけありがたい。

 例え、導かれた場所が天国でも地獄でも、俺は受け入れる覚悟がもうできている。

 とりあえず俺は、この子についていくしかないのだ。

「うゎ!?」

 諦めて溜息をついていると、突然俺を引っ張る彼女の足が止まって、彼女のその小さな体にぶつかりそうになってしまった。

「一体何なんだよ・・・あのな、止まるんだったら止まるって言「あれ」

 相変わらずの小鳥のような声で、彼女は俺の忠告を無視する。

 あれ?と首を傾げながら、俺は彼女の視線の先に目を向けた。

 そこにあったのは、普通にどこにでも売ってそうなアイスクリームだった。

 バニラ、ストロベリー、チョコ、と王道が並ぶ中、彼女は真っ直ぐバニラを見ている。

 ただ無言でバニラのアイスクリームを見つめたあと、ちら、と俺を見てきた・・・それが意味するのは明確。

「・・・俺に買えと?」

「私」

「うん」

「アイス」

「・・・うん」

「食べたい」

「・・・」

 会ったばかりの、しかも名前も知らない奴に、アイスを奢れという女子は果たしてどうなんだ。

 いつもの俺ならはっきりと断っていたところだろうが・・・生憎、今俺は金を持っている。何より、かなり端整な顔立ちの女の子に下から見上げられるのは悪い気分ではない。

 看板には200円と書いてあるし、それくらいなら・・・と思ってしまう辺り、俺は相当お人よしなのだろう。もしくは面食いだ。

 でも、この場合なら別の男でも了承してしまうに違いない。

 だから俺が罵られる理由はない。

 はぁ、と溜息をついて、俺はアイスクリームの売店まで足を伸ばし、バニラのアイスを買って戻ってきた。

 店員は少し緊張気味で俺を避けているような素振りを見せた。俺は気にしていないが、人から見たら俺は不良がするような格好をしているし、耳には決して少ないとは言えない数のピアスも開いている。避けられて当然だ。

 そういう意味では、彼女は俺をそんなに怖がってないそうだ。しかもアイスをねだってくるくらいなのだから、全然気にしていないらしい。

 こちらとしては、ありがたい。

「ほらよ」

 仕方なく買ってきたバニラのアイスを彼女に渡す。パーカーの袖から細い手を微かに伸びてきて、アイスを掴んだ。

 アイスを食べるために彼女は立ち止まったので、俺は彼女の傍に立っているしかない。

 スプーンがないためぺろぺろとアイスを食べる彼女を見て、視線を逸らすのは言うまでもないだろう。

 だが、これはいい機会だ。今なら会話ができる気がする。

「おい。お前、俺をどこに連れてく気だ?」

 そうだ。俺はこいつに聞きたいことが山ほどある。つい手を取って、着いてきてしまったけど、全ては聞いてからだ。

「パレット」

 ・・・え?

「パレッ・・・。それって絵の具出す用具のことだよな?」

「そう」

「いや、行けないよな?普通に無理だよな?」

「ホームよ」

「あるなら最初から言え。つーか、駅かよ、お前の家?」

「いいえ」

「はぁ?」

「私たちの家よ」

「それって誰だよ・・・」

 調子が狂う。会話が成り立っているのかさえ分からない。結局、質問にも答えられてないと思う。

 多分、こいつは俺が今まで関わってきた人たちとは違う分類なのだろう。俺にはどう扱っていいのか全く分からない。

 困惑していると、向こうから話しかけてくれた。

「ねぇ」

「ん?」


「アウトロウ、って知ってる?」


 英語だろうか。あまりカタカナ言葉は詳しくない。

「いいや、知らねぇ」

「うん。だと思った」

「お前な・・・」

 男だったら殴り飛ばしているところだ。マイペースにも程があるのではないだろうか。

「あなたが今から行く場所は、そのアウトロウが住んでるところ。私もアウトロウだし、あなたもアウトロウになるの」

「アウトロウって何だよ」

「ただの集合住宅」

 は・・・?

 いきなり予想もしなかったことを言われて、俺は言葉に詰まる。

 集合住宅って、アパートとかそんなもんか?でも、この辺にそんな名前のアパートはなかったはずだ。

「でも、そこに住む人は無条件でたまにアルバイトさせられるの」

「何だよ、それ・・・」

「行って、直接見たほうが早いと思う」

 確かに、彼女に1から話を聞くより早いだろう。自覚はあると分かって、多少安心した。

 何か、謎がさらに謎で固められた気がする。彼女に説明を期待してはいけないようだ。直接行ったほうが早い。

 仕方ない。どうせ行く場所もないのだから、少し冒険してみようじゃないか。

「そういえば、私。あなたの名前知らないわ」

 やっと自己紹介する気になったようで。でも、本来なら最初にするべき話題が遅すぎる。

「言ってねぇもん」

「教えて」

「人に聞くときは自分から」


「篠原梨緒よ」


「即答だな!少しは拒否れっ!」

「教えて」

 無表情で無感情に発される彼女・・・篠原梨緒の言葉に、俺は突っ込むことしかできない。

 ちょっとした意地悪も見事にかわされ、・・・少し悔しい。

 アイスを食べ終わったらしく、再び歩き出した篠原は振り返りながら俺を見る。

 多分、早く言って、という意味だろう。

 別に隠す必要もないし、俺も手短に名乗る。


「矢吹真夜だ」


「まや?不思議な名前ね」

「真に夜、って書いて真夜」

「綺麗な名前。私、好きよ」

 どき、とトキめいてしまったのは不可抗力だ。誰だって可愛い女の子に「好きよ」と言われたらこうなるはずだ。

 何を考えているのかよく分からないが、それでもこいつは信じてもいい気がする。

 多分、こいつを何かに例えるならどこかの野良猫だと思う。

 掴み所がなく、マイペース過ぎる性格。それでも放っておけなくて、つい目で追ってしまうような。

「雨、やんじゃった」

 口調こそふてくされているようだが、表情は相変わらず何も変わらない。

「やんでほしくなかったのか?」

「雨は好きなの」

「変わった奴だな」

「真夜もそうでしょ?」

 初対面の異性をファーストネームで呼ぶ奴は初めて見た。そもそも俺はあまり女とは仲良くしないから、あまりよく分からないが。

 実際、篠原の憶測は当たっている。

 俺も雨がすきだ。

 単調に落下する雨粒を見ていると、どこか落ち着く。動いていない絵の中で、雨だけが動いているという矛盾が面白い。

「・・・あぁ」

「なら、真夜も変わった人ね」

 初めて笑うような仕草を見せてくれた。

「その・・・呼び方」

「真夜じゃ駄目?」

「いや・・・別にそうじゃねぇけど」

「真夜も、私のこと梨緒って呼んでいいのよ」

「はっ?」

「私、真夜になら梨緒って呼んでほしいわ」