複雑・ファジー小説

Re: OUTLAW 【参照2000ありがとうございますっ!!】 ( No.190 )
日時: 2013/05/31 23:08
名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)



 俺と姫路の言い争いを遮ってきたのは、近くで顔色1つ変えずに俺らの様子をじっと観察していた優だった。

 何となく優がこういったことをしてくるとは思わなくて意外だったので、無駄にぽかんとしてしまった。

 優は手にペットボトルを持って揺らしていた。昼のときの残りだろう。中身の量から、優の飲みかけだということが分かった。・・・。

「飲む」

「ちょ、待て」

 そう言って優のお茶へと手を伸ばす梨緒の腕を、俺はつい掴んでしまった。

 手を止められた梨緒は露骨に不満げな表情を俺へと向けてくる。姫路はやたらとにやにやしてるし、優も苦笑しているようだった。・・・まさか、優、図ったな。

「なに?」

 早く飲みたいのか、梨緒は顔をしかめながら俺へと尋ねてきた。それほど力は込めてないが、非力な梨緒にとっては振り払うこともできないのだろう。

 なに、と尋ねられ返答に困るのは俺だ。俺だって何で止めてしまったのか分からない。

 ただ、うん、何というか、優の飲みかけのお茶を梨緒が飲むことに、何だか拒否感があった。

 嫉妬、とか羨望、とかでは決してないが、何となく嫌だと思ってしまった。

 例えるなら、餌付けして懐かれていた猫が他の奴に餌を貰いに行ってしまうような。

 梨緒の疑問への返答に困りながら、それでも手を離すという選択肢を選べない自分が、だんだん恥ずかしくなってきて俯いてしまう。

 相変わらず梨緒は不満げな顔で首を傾げるだけだ。もう、何なんだよ。

「真夜」

 ふと名前を呼ばれ顔をあげると、明らかに笑いを堪えている表情で自分のお茶を仕舞いながら優が言った。

「金、貸してやろうか」

 その言葉に隠された意味は「ほら、買ってこいよ」だろう。

 それを察した俺は、多少優にイラつきを覚えながらも「いらねぇよ」と強い口調で言い放ちながら椅子からガタンと立ち上がる。梨緒の腕を離しそのままフード越しに頭を撫でると、突然の出来事に驚いた梨緒が俺のほうへ振り向いた。

 そして俺は教室のドアに向かいながら、

「買ってきてやるから、ちょっと待ってろ」

 と言ってしまう。

 それを聞いた梨緒が少し顔を明るくさせる。

 あろうことか、

「いちごオレがいい」

 とか我儘言ってくる。

 姫路たちが失笑しているのが見なくても分かった。

 梨緒と一緒に買いに行くとなると確かに昼休みを超えるが、俺1人で買いに行く場合はそんなに時間もかからないはずだ。

 ・・・これでご要望通りのいちごオレを買ってしまうあたり、俺はやっぱりお人よしなのだろう。

***

 真夜が教室を出て行った。私の飲み物を買ってきてくれる。

 でも、優がくれるので私は別によかったのに。買ってきてくれるのは嬉しいけど。お茶好きじゃないし。

 どうして、真夜は私が優のを飲むのを止めたんだろう?真夜が出て行ってから、考えてみたけどよく分からなかった。

「大切にされてるわね」

 空が私にそう言ってきた。

 大切に、されてる?私が?


 ———・・・誰に?


「矢吹に決まってるじゃない、自覚がないの?」

 私が、真夜に。

 一体何を気にしてくれたんだろう。優のお茶を飲むこと?間接キスなんて、別に大したことじゃないのに。

 いや、それより。

 どうして真夜は私を大切にしてくれるんだろう。

 ずっと一緒にいるって約束してくれた。

 私はそれだけで充分なのに。

 大切になんかしてくれなくたって、いいのに。


 ———・・・何で?


「篠原さんは嫌なの?」

 私は理由を尋ねると、空は質問を重ねてきた。

 嫌なのか。それを聞かれると、答えに困ってしまう。

 別に・・・全然嫌じゃない。

 むしろ、大切に思ってくれてるのは嬉しい。私も真夜のことは大切だし、自分と同じことを思ってくれるのは何だか充足感がある。

 でも何だろう。

 嬉しいけど、・・・嬉しいのに、少し怖い。

 あの夜みたいな、失うことへの恐怖もあるけど、それとは少し違う。

 真夜みたいな人に、私なんかが大切に思われていいのか分からない。

 そういう・・・確かな不安が、消えない。

 ・・・消えないよ、真夜。

***

 カタカタカタ。

 カタッ、カタカタタ、カタッカタ、カタカタ。

 部屋に響いているのはそんな音ばかり。

 音源は自分の手元。パソコンのキーボードを叩く音だった。

 部屋は暗くて、光は今向かっているパソコンの画面しかない。今はお昼だけど、窓はカーテンで締め切っているから意味がない。


『怖がらないで。これ以上那羅ちゃんに近づく気はないから。・・・那羅ちゃん、狛くんがいなくなってしまったのは事実だよ』


 朝、しんに言われたことを思い出す。

 こまにぃがいなくなった。

 ならの大好きな人が、攫われた。

 どうしてならの隣にいないの?どうして、朝起こしてくれたのがしんだったの?何でこまにぃじゃないの?

『今、狛くんは高嶺高校の教職員の誰かのところにいるんだ。その人のせいで、狛くんは今、那羅ちゃんの隣にいない』

 一体誰?そんな酷いことをするのは。

 ならからこまにぃを奪わないで。ならの好きな人を連れて行かないで。

 もう誰もいなくならないで。

 1人は嫌だよ。

 寂しいよ。悲しいよ。切ないよ。苦しいよ。辛いよ。怖いよ。

 お願いだから。


 こまにぃを、返して。



『ここだけの話しをしよう。一般の生徒や教師には知らされていないけど、高嶺高校には監視カメラが設置してあって、それは全て校長室のパソコンに送られているんだ。あと』


 ドアのすぐ隣におかれたのは高嶺高校周辺の地図。所々に赤い印が見える。


『その印のところは、高嶺高校周辺の監視カメラが設置してあるところだよ』


 朝。こまにぃのいない朝。朦朧といた意識の中で、真が何かを企むように笑って、ならにそう語った。


 何を言われたのか分からなかった。これをならに教えてどうしたいんだろう。

 でも、真の次の一言で、全て把握した。


『運がよければ、それらのどこかに狛くんと、狛くんを攫った犯人が映っているかもね?』


 ならは、パソコンが仕舞ってある机の棚を見た。

 昔。ここに来るより昔。こまにぃに会うより昔。

 一緒に住んでいた兄という存在の男の人が、パソコンで悪いことをしているのを何度も見ていた。

 世界で言うハッキングという行為を働いているのを目の前で見せ付けられた。悪いことだとは思っていたけど、もし誰かに言ったらまた叩かれてしまうと思うと、何も言えなくなった。

 それをいいことに、あの男の人は、ならに自慢するように自分のハッキングの技術を語り続けた。

 ・・・ならが、それら全てを暗唱できるほどに。


『これは那羅ちゃんにあげるよ。あとは好きに使えばいい』


 しんは、こういうところがずるい。

 どこまでしんが知っているのか分からないけど、きっとしんは分かってやってる。


『あぁ。学校は欠席って連絡しておいたから』


 そこまでしておいて、好きにしろなんてよく言える。

 あのとき、ならの今日のお仕事は決まったんだ。

 これでもあの男と同じことをするのに拒否感があって、手を出さないでいたけど。


 ・・・こまにぃの、ためなら。


 いや、犯罪を犯してしまう理由をこまにぃに押し付けてしまうのは悪いかもしれない。

 ならが、こまにぃを助けたいから。助けて、こまにぃに傍にいてほしいから。1人が嫌だから。

 だから。ならは。

 ドアを閉めて、窓を閉めて、パソコンに手を伸ばした。


 理由はただひたすらに、



 こまにぃに、会いたいから。



 それだけ。