複雑・ファジー小説

OUTLAW 【コメント大募集中ですっ!】 ( No.197 )
日時: 2013/06/12 22:35
名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)

 掴んでる腕に一気に力が入り、そのまま勢いで投げようとするのを相手は女だと思い直して何とか制御し、勢いに任せて女の腕を捻り背中に回り込む。

 すぐに後ろに入り込んでしまったため、あまり見えなかったが振り返った直後に見えた彼女は酷く美人だった。

 梨緒と一緒で可愛いより美しいという形容詞が似合うタイプだ。黒いストレートの長い髪と、対照的な白い肌。女にしては高い身長と、無駄に痩せた細身の体系。どこかの雑誌でモデルをしていても疑わないスタイルとルックスだった。

 ただ、梨緒とは決定的に違う。確かにどちらも美人だということに変わりはないけれど、梨緒とこいつは正反対だと言っていい。

 梨緒の美しさはまるで天使を連想するようなものだった。だが、彼女の美しさは天使とは逆の悪魔か何かを連想するような、不安を掻き立てられるような妙な雰囲気を持ったものだった。

 見て確信する。俺はこいつを知らない。高嶺高校内ですれ違ったこともない。こんな奴とすれ違っていたら、嫌でも覚えているはずだ。

 いや、それより重要なのは。

 何故こいつが社井について知っているかということだ。

 社井についてはまだ学校側には言っていない。生徒はもちろん教師ですら知らない情報だ。それを、どうしてこいつが知っているんだ?

 しかも、今彼女は「昨夜」と言った。昨日の夜は俺らとほとんど一緒に過ごしていたから、社井が苦しんでいたのだとしたら俺らがすぐに気付いて覚えているはずだ。そもそも、昨夜彼女を見た記憶は1回もない。見ていたとしたら、絶対に覚えてる。

 となると、彼女が苦しんでいる社井を見たのは、社井が拉致されてから、という条件がつくことになる。

 拉致されてからの社井。それは俺らアウトロウが今一番知りたい情報だ。

「お前、何で社井のこと知ってんだよ」

 いつもより低い声で俺は彼女に脅すように尋ねる。

「さぁ、どうしてでしょう?」

 すぐに返事を返され、そして同時に恐怖を掻きたてられ、少しだけ力が抜けてしまう。

 こんな状況に陥っても尚、彼女は不適な笑みを浮かべていた。俺をからかうように・・・いや、実際からかっているのだろう。とにかくそういう不快な思いをするものだということは事実だ。

「答えろ」

 苛立ちを隠すこともできず、俺は焦るように彼女に問い詰めた。

 改めて、彼女の声を思い出してみる。

 『苦しそうだった』『すぐに気を失ってしまった』等から、社井が1回目を覚まし暗やみに発狂してしまったことが分かった。

 それがまた、俺を焦らせる原因になる。

 真は、社井が持つのは3日が限度だと言っていた。でも、今日1日で収穫できた情報は少なすぎる。

 どの先生もあてもなく、情報という情報は何1つない。

 こいつは今日の中で唯一の情報源だ。しかも、どこまで知っているか分からないほど、有力な。

 逃がすわけにはいかない。聞かなければならない。

 そんな感情だけが、俺の中を渦巻いていた。


「人に物を頼む態度が、それなの?随分、躾のなってない犬ね」


 彼女が少し振り返って俺を見据える。鋭い視線に当てられて、立ちすくんでしまう。

 それからの彼女の動きは早かった。

 護身術に似た動きで足を絡められ、バランスを崩してしまう。その反動で手が離れ、自由になった彼女が後ろへ体重を預けることで、バランスを崩された俺は後ろへ倒れることになる。一緒になって倒れてきた彼女を、本能か慣れか、とにかくその類でつい抱きとめてしまった。

 突然の出来事と前に女の子が倒れてきたことで受身を取れるはずもなく、床へ打ち付けられた体への振動は大きかった。今すぐに立てないくらいには、腰にきた気がする。

「いってぇ・・・」

 無意識のうちにそんな声が漏れるが、女はお構いなしらしい。

 気付けば彼女は息が止まるくらい近くにいて、体制的な問題で動けなくなる。

 俺の顔の横まで迫った彼女が囁く。


「そんな子には、お仕置きが必要だわ」


 ぞくっ、と背筋が凍った感覚がした。

 一旦俺から離れた彼女は、自分の制服のリボンを解き1本の紐のように扱い始めた。

 彼女は俺の腕に手を伸ばし、強いとは言えない強さで自分のほうに引き寄せる。そして、今外したばかりのリボンを俺の手首にかけ———・・・。

 すぐに彼女が何をしようとしているのか悟った俺は抵抗しようと手を引いた。


『「どうして逃げるの?」』

 だけど、その動きは止まってしまう。

 動かしたいのに、脳の指令塔が腕を動かしてはいけないと信号を出している。

 自分の意思ではなく、積み上げてきた経験が俺の手を止めてしまうのだ。


『「ねぇ、真夜。あなたも逃げていくの?」』


 彼女が取り憑かれたかのように呟くその言葉は、

 何年も聞き続けた、呪いの言葉。


『「行かないで。私から離れるなんて許さないわ」』


 どうして彼女がこれを知っているのかなんて分からない。

 そんな疑問も心のどこかで生まれた。

 でも、そんなのどうでもいい。


『「お願い、傍にいて。あなたまで離れていかないで」』


 俺を求める悲願の台詞。

 俺を追い込む呪縛の台詞。

 ・・・やめて。

 ここまで来て、もう俺を壊さないでよ。

 やっと解放されたんだ。梨緒に自分で決めていいって許されたんだ。やっと、自分で生きていく気力が持てたんだ。

 戻さないで。戻りたくない。もうあの頃に戻りたくない。

 日の当たらない真っ暗な部屋な中に、ずっと閉じ込められていた。・・・いや、自分の意思で閉じ込められたんだ。

 でも、もうそんなことしたくないから。


『「私を捨てないで」』


 分かってる。捨てない。捨てられるわけないだろ。


『「ずっと一緒にいて」』


 一緒にいる。一緒にいるから。

 大丈夫だよ、離れないから。

 彼女の言葉に動揺し、力が抜ける。体の全てが、彼女の言葉に反応する。

 気付けば予想通り両手は縛られていて、そのことを確認したことで、また俺は追い詰められた。

「・・・あら、あなた。見えないところだったから気付かなかったけど、手首を火傷してるのね。・・・しかも1度や2度じゃないようだけど」

 そうだよ。あまり見えないし気付かれないから、そんなことも忘れていたよ。

 思い出さなくて、よかったのに。

 あの苦しさと痛みと、火の熱さ。

 動かない視界。

 震えない声帯。

 聞こえない音。

 巡らない思考回路。

 俺の、色のない世界。

 その頃の俺は、本当にあの人だけが全てで、常に最優先があの人で、あの人以外考えていなかった。

 俺がいないと生きていけないあの人を、1人にして、あの人が壊れて、それを見た自分が壊れてしまうのが、何より怖かった。

 でも、もうその恐怖から逃げなくてもよくなったんだ。

 なのに、どうして、こんなところで。


『「ねぇ、真夜。私、あなたを・・・」』


「っ・・・やめ・・・・・・・」

 駄目だ。

 その先を続けてはいけない。

 聞き慣れた言葉。言い慣れた言葉。相手と自分の声で、脳にインプットされている呪いの言葉。


『「あなたを、愛しているわ」』


「やめろっっ!!!!!」

 自分でも驚くほど大きな声で絶叫する。