複雑・ファジー小説
- OUTLAW 【参照2000ありがとうございますっ!!】 ( No.198 )
- 日時: 2013/06/15 22:33
- 名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)
最早息することさえ難しく、変な汗が背筋を通っていく感覚もあった。
暑い。暑いはずなのに、どこか、寒い。
怖い。怖いんだ。
もう、俺は・・・。
近くで、彼女がくすっと笑ったことが分かった。
「それなりに楽しかったから、今回はこれくらいにしておいてあげるわ」
どこか満足げな恍惚とした表情を浮かべながら、彼女は俺から一旦離れ思い出したかのように俺の手を縛る自身のリボンを解き取る。
自由になった手で互いの手首を撫でる。久しぶりに思い出した手首の火傷がはっきりと認識できた。長袖を着ていたから今まで周りに気付かれなかったのだろう。
ちょっとした安堵も束の間、彼女のほうから画面をタッチする音がする。
ふと目を向ければ彼女が持っているのは俺の携帯だった。俺が動揺している隙に、密かにポケットから取り出したのかもしれない。
自分の携帯を他人にいじられることに対して軽い拒否感はあったものの、今の俺はまだ立てるだけの体力、というか精神力が回復していない。
「よし、完了」
そう言いながら、彼女は俺の携帯をくるりと回して俺へと向ける。反射的に受け取りとりあえず中を確認する。
「私のアドレス、登録しておいたから。必要なら、いつでも連絡してね。あぁ、心配しなくても別に何も見てないわ」
・・・残念ながら、彼女の言葉を信じるほど俺はできたやつではなかった。
未だに名前も知らないので、登録したという新登録の連絡先を確認してみると・・・本当にアドレスと電話番号しか登録されていなかった。名前も住所も空白になっている。大方、自分で登録しろとでも言っているに違いない。
「今日の夜、中央公園の噴水前ベンチに行きなさい。何かヒントがあるかもしれないわ。・・・あぁ、でも絶対1人で行って。他の人に言っちゃ駄目よ?」
彼女は俺へにっこりと笑うと上機嫌に何かの歌のリズムを刻みながら屋上から出て行こうとする。
つい、「他の人」というのがアウトロウを指しているように思えて、こいつがどこまで知っているのか怖くなった。
中央公園の噴水前。
来たばっかりの俺でも分かる待ち合わせ場所によく使われる場所だった。
何故、彼女がそんなことを俺に教えるのか分からない。そもそも、そこに何かがあるという保障もない。
だけど、何故か行ってみようと思えた。絶対的に、こいつはそう簡単に信用しちゃいけない奴のはずなのに。
「待てよ」
かろうじて引き止めて、まだ力を入れることを拒む体を無理矢理言うことを聞かせて立ち上がらせる。
俺の声に振り返り足を止めた彼女は「なぁに?」と相変わらずの調子で首を傾げた。
「名前。言ってけよ」
アドレス帳の都合もあるが、それより重大なのはただの俺の気分。相手は俺の名前を知っているのに、こっちは知らないとかムカつく。
「さぁ・・・何だったかしら」
「は?ふざけてんの?」
「そうかも」
・・・どうにか苛立ちを押さえ、ゆっくりと息を吐く。
そんな様子を見て彼女はまたくすくすと笑った。そのことにまた、苛立ちを覚える。
「宿題にしておかない?次に会ったとき、あなたが私の名前を呼ぶこと」
結局自分で調べろってことか?学年もクラスも全くもって知らない女を?
アウトロウに聞けば容易いだろうが、どこで知り合ったのか聞かれたら困る。彼女の言うとおりにするなら、中央公園のことも言わないほうがいいだろう。他に何を話したか聞かれたら、個人的に答えたくない。となると、こいつのことを聞くのは不可能に近い。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、分かった、やってやるよ」
たっぷりと時間を取って悩んでから、俺は彼女の言い分に承諾した。
俺の答えを聞いて、「そうこなくっちゃ」と小さく呟いた彼女は今度こそ屋上から出て行く。
1人になった。風が吹いた。力が抜けた。その場に座り込んだ。
たった数分の出来事。なのに、今日1日の中で1番疲れた気がする。
たった1人の女。なのに、今日1日の中で1番振り回された気がする。
何となくそのことが癪で、不機嫌になった俺は携帯を操作してあいつの連絡先の名前の欄に「宿題」と書き込んだ。せめてこれくらいはやんないと気が済まない。
今になってよく考える。何故この宿題女があのことを知っていたのか。
もう忘れようと思っていた耳の痛みが、またちりちり痛んできた。
やっぱり逃げられない。あの人の声が、言葉が、痛みが、儚さが、体の中に、残って、消えない。
いつかはケリをつけないといけない。いつかは。逃げたあの檻の中へ、飛び込まないといけない。
責められたくなくて、自分を守るために、逃げ出した。でもその先は、本当に外の世界?
檻から出たと思っているようで、俺はまた違う檻に飛び込んだ?
それとも、俺の檻は何重にもあって、1枚出たくらいじゃ逃げ切れなかった?
どんなに足掻いても、あの人は俺を離してくれない。いや、俺があの人を離せない。
仰向けになって、屋上に寝っ転がった。
動いていかない視界の中で、雲だけが風になびいて揺れていた。
あの頃の、雨のようにただ単調に、俺の視界の中でそれだけが動いていた。
———『駄目。だめ、だめっ!嫌だっ、行かないでっ!』
———『お願い、お願いよ、真夜。あなたまで私を置いていかないでっ!私を1人に、しないで!』
———『1人は嫌い、寂しい、寂しいのよっ!もうあんな想いしたくない、私は真夜を愛しているのよッ!!』
———『私はこんなにも、あなたを愛しているのっ!・・・あなたも、私を愛してくれるでしょう?』
———『真夜、言って。聞きたいの、今すぐ。・・・ねぇ、早く』
(『・・・・・・・・・・愛してるよ』)
頭の中でリピートされる言葉に、無意識のうちに答えてしまう。
これほどにまで、まだ鮮明に覚えている。
だけどもう、聞くことはない呪いの言葉。
そうさせてしまったのは、誰でもない・・・・。
「真夜」
突然名前を呼ばれて、視線を出入り口のほうへ向けた。別に見なくても声の主はすぐに分かった。
「やっと見つけた。どこにいたの」
「いや、ここだよ」
梨緒。篠原梨緒。
逃げたばっかりの俺を、助けてくれて拾ってくれた俺の。
ずっと一緒にいることを俺の意思で約束した、大切な女の子。
起き上がりながら梨緒のほうへ振り向く。どうやら梨緒1人らしく、姫路は既に帰ったようだ。
「どうかした?」
意外に鋭い梨緒に苦笑しつつ、手招きして梨緒をこちらに呼ぶ。梨緒はよく分からないという表情を浮かべていたが、素直にとことこと俺の前まで歩いてきて、ペタンと座り込んだ。
「なに?」
屋上に座り込むという不思議な状況だったが、そんなことお構いなしに俺は梨緒に質問を投げかけた。
「もし、俺が死んだらどうする?」
『決まってるじゃない。私も死ぬわ』
昔のあの人は、そう即答した。あのときの恐怖は今でも覚えている。
思えば、梨緒との「ずっと一緒にいる」という約束は、俺があの人としてきたことと一緒なのだ。
もし、梨緒があの人と同じ思考回路ならば。
俺は、梨緒を恐れてしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
嫌だから。
もしそうなら、梨緒が壊れてしまう前に離れないといけない。
だから。
・・・だから。
「泣くわ」