複雑・ファジー小説
- OUTLAW 【参照2000ありがとうございますっ!!】 ( No.228 )
- 日時: 2013/08/11 00:03
- 名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)
「あなたの言う通りです。僕は昨日、天内さんが拉致されているところを見ていました」
と、彼ははっきりと明確にしてくれる。
ふと見やれば、どうやら彼は備品整理をしていたらしい。机の上にある備品を手にとって、指定場所と思われる場所に次々と運んでいく。だが、片付け場所と言ってもそう遠くはないので、会話くらいはできそうだ。
美術部という扱いで美術の先生にコキ使われているのだろう。そう思うと、少し可哀相に思えた。
「その時のことを、できるだけ詳しく教えてくれないか?」
「もちろん。ですが、ご期待に答えられるかどうかは分かりかねます」
「それでいい」
俺がそう答えると、彼は備品整理を一旦中止してくれるらしく、備品を机の上に置いた。そのままの流れでドアのところまで歩き、鍵をかけた。誰かに聞かれたらいけないという、俺への配慮だろう。かなり気が利く子のようだ。
今までそういう奴とは関わってきてなかったから、違う意味で戸惑ってしまう。
「昨日の・・・7時を過ぎた頃でしょうか。僕昨日もここで片付けやらされてて、帰るの遅くなっちゃって。やっと完全下校時刻になって、帰れるって思って校舎から出たら悲鳴が聞こえて・・・」
彼が言うには。
天内の悲鳴を聞いたその場にいた全員は、すぐにそちらへ目を向けたらしい。
そして見たのは、倒れる寸前の天内だった。俺の予測だと、昨日写真に写っていた社井を連れ去る際にも用いられた薬か何かを嗅がされたのだろう。ぐったりとした天内を、犯人は車の中へと押しやり、自分はそそくさと運転席に乗ってしまったらしい。
一連の出来事は、彼がいた昇降口からかなり離れていたところだったという。被害者が天内だと分かったのは、悲鳴を聞いたときの声と前髪にあった水色のヘアピンがかろうじて見えたらしい。確かに、黒髪に光沢のある水色はよく目立っていた。
場所が離れていたため、車のナンバープレートを覚えることもできなかったらしい。ちなみに機種はどこにでもあるような中古車だったそうだ。似たような車はいくらでもあるので、車から割り出すのは難しい。
今のところ、望んでいるような情報は1つもない。
・・・が。
「何か、ちゃんとは聞こえなかったんですけど、天内さん悲鳴のあとにいろいろ叫んでたんですよね。いつもの彼女の雰囲気とはかけ離れてい
たので、ちょっと驚いちゃいました」
「叫んでた?」
「えぇ。えっと確か・・・」
『花を傷つける人はいつもそうやって人も傷つけるのよ!恥ずかしいと思わないの!?最低ね!』
「だった気がします」
ちゃんと聞こえてんじゃねぇか、と内心で突っ込みつつ、やっと使えそうな情報が出てきたことにテンションが上がる。
その天内の言葉から分かるのは、天内が相手を「花を傷つける人」と言ったことだ。
花を傷つける人・・・つまり、花を蹴っていた、熊谷信之。
天内を攫ったのは、熊谷で間違いない。
確信を裏付けるのには、充分な情報だった。
「どうです?何か役に立てますか?」
「あぁ。充分だ」
「それはよかったです」
朗らかに笑う彼に釣られて、俺も微笑を浮かべる。
・・・そして俺は、ここに来たときから考えている1つの疑問を聞くことにした。
「もう1つ聞きたいことがあるんだけど」
「何でしょう?」
にこやかに聞き返してくれる彼には非常に聞きづらいのだが・・・。
「あの絵って、お前が書いたんだよな?」
そう言いながら、俺は壁に飾られた絵を指差しながらぎこちなく聞いた。
彼が俺が指差すほうを見やり、すぐに「あぁ」と声をあげる。
自信満々に笑みを浮かべながら、
「はい、そうですよ」
と答える彼に、俺は何て声をかけていいのか分からなくなる。
にこにこと笑う彼と、何ともいえない顔の俺。
さっきとは違う意味で時間が止まる。
・・・いやいや、俺が本当に聞きたいのはそこじゃねぇだろ。
落ち着け。頑張れ、俺。覚悟を決めろ。
「じゃあ、あれって「灯ちゃんです。分かりませんか?」
俺の言葉を遮りながら、尚且つ俺の聞きたいことを言いながら、不安げに彼は見つめてくる。
確かに杵島だった。あの態度の悪いムカつく杵島だった。
黒い髪も、細すぎる四肢も、白い肌も、仏頂面の表情も、確かに杵島だった。見れば1目で分かる。
皐ほどではないが、それでも絵に関心がない俺からしたら充分上手かった。
だけど、どこか違う気がした。
酷い言い方になるが、だって杵島はこんなに綺麗じゃない。
いや、普通に考えれば杵島だって美人なんだ。ただ、雰囲気がどす黒いだけで。
だから何というか、背景が白っぽい杵島は何となく違和感がある。多分そこが皐との決定的な違いだ。あいつは雰囲気さえも絵に書き記す。その場の空気を丸ごと写すのだ。だからこそ、この絵はどこか実物と雰囲気がかけ離れていて・・・違和感を覚えてしまう。
あいつの背景は朝でも昼でも構わず暗い。とにかく影を背負っている感じで、決して純粋とかそういう言葉が似合わない。
なのに、この絵の杵島は、何となく純粋で・・・あの暗い雰囲気も醸し出しつつ、何故か「普通の女の子」だった。
「あいつ・・・こんなに白くなくね?」
つい、俺の中の感覚で語ってしまう。
ちゃんと相手に伝わるのかな、と不安になりつつ、見やると彼は呆けた表情をしていた。俺の言っていることがちゃんと分かってないらしい。
「あー・・・えっと・・・」
何て言ったらいいのか分からなくて言葉に詰まる。
そんな様子をしばらく見ていた彼は、ふいにくすりと笑った。
「僕は見たままの灯ちゃんを書いただけですよ」
再び、備品整理に戻った彼は楽しげに話し始めた。
「灯ちゃんは白くて白くて、白すぎるんです」
・・・、こいつは何を言っているんだ?
普通の世間話のように語る彼の言葉は、全くもって信じられなかった。
彼の目に映る杵島と俺の目に映る杵島とでは、大分差があるようで。
何も言い返せなくなってしまう。
「でもだからこそ、灯ちゃんは儚いんです」
そこで彼は何かを思いついたかのように、整理していた備品の中にあった何色かの絵の具とパレットを取り出した。片づけ中なのに、そんな勝手に使っていいのか不安を抱いたが、この際どうでもいい。
「例えばここに白の絵の具がありますね」
白の絵の具のチューブを握り、パレットに適量の絵の具を出した彼は俺に向かって見せる。とりあえず俺は頷いた。