複雑・ファジー小説

Re: OUTLAW 【参照3000ありがとうございますっ!!】 ( No.261 )
日時: 2013/10/13 23:59
名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)

 すると、梨緒がそんな俺の様子を察したようで、少し不服そうな表情のまま限りなく小さく溜息を吐いて俺の横を通り過ぎた。

「アイス3個」

 俺の横を通り過ぎる寸前、梨緒が小さく呟いた。

 え、と声を上げる間もなく、梨緒は俺から遠ざかってしまう。熊谷を押さえたままの空悟の目の前を突っ切り、部屋の中に入っていく。

 少し呆けていたが、すぐに気を利かせてくれたことが分かり梨緒なりの優しさに感謝する。

 せっかく梨緒が俺の頼みを聞いてくれたわけだし、俺も自分の言葉に責任を持って行動するとしよう。

 いつのまにか上がっていた口角を下げて、振り返る。相変わらず、力の抜けた熊谷を、尚も空悟は捕縛している。むしろ、ここまで来ると別に掴んでなくてもそこにいるんではないかとさえ思えてくる。

 俺はそのまま熊谷に近づいた。ただ真っ直ぐ床を見つめる、その視線に込められる気持ちはただ、・・・絶望。

「・・・・・・・・・・・・い・・・?」

 熊谷の乾いた口が限りなく小さく開いた。声は掠れ、聞き取ることができない。

 それは空悟も同じだったようで、熊谷の腕を引き強制的に上を向かせ声を聞き取りやすくする。その行為自体が、もう1度言え、と指示していた。

 相手にその意図が通じたのかは分からない。それでも熊谷は不気味な笑みを浮かべ、再度言葉を発した。

 今度こそ、俺らの耳に聞こえるように。


「・・・、何が、悪い・・・?」


 鼓膜に響いたその言葉は、俺らの行動を停止させるのには充分な要素を持っていた。

「私が、何をしたと言うんだ・・・?」

 ぶつぶつと、熊谷は尚も言葉を発し続けている。

 5人の生徒の拉致、監禁。充分、警察に突き出す条件を満たしている。

 こいつは何を言っているんだ、と空悟の表情が語っていた。

 だけど、俺の中には違う選択肢も見出していた。


「やめてくれ・・・せっかく、手に入れたんだ・・・」


 そして熊谷の目が変わる。明らかに何かが芽生えた瞬間。

 きっとそれは、俺が思うに。


 独占欲。


「私の・・・私のものに、手を出すな!!!」

 そう絶叫した熊谷は暴れだし、空悟の手から逃れようとする。

 突然暴れだした熊谷に驚き、急いで拘束する腕の力を入れる。

 獣のように叫び暴れる熊谷を押さえながら、空悟はその豹変振りに驚きを隠せないでいるようだった。

 その頃、部屋から理人と璃月、そして梨緒が出てくる。

 理人は背中に1人背負い、右腕で1人の少女を支えていた。背中に乗っている少女は意識がないようだが、右腕にくっついてい奴は今にも泣きそうな顔で青ざめていた。後ろにいた璃月はその小さな身体で一生懸命社井を抱えていた。社井も意識があるようだったが、どうやら力が入らないようでロクに歩けていない。それでも、社井の姿を見れて少し安心できた。心底、よかった、と思えた。

 最後に出てきた梨緒は最後の1人と手を繋いでいた。梨緒がその子の手を引くようにして歩いている。何故か、後ろの彼女は不服そうに顔を歪めていた。


「やめろっ!!返せ、それは私のだ!!」


 そう喚く熊谷に、被害者であろう少女たちは軽蔑の眼差しを向けた。

 やめてくれ、返してくれ、私のものだ、手を出すな、そんな言葉ばかりを繰り返し叫ぶ。

 先頭を歩いていた理人がそんな熊谷を見て、俺に耳打ちをした。

「あのおっさん、かなり狂ってるから気をつけたほうがいい」

 そう言うと、右にいる女の子の肩を支えながら理人はこの場から遠のいていく。きっと計画通り、彼女たちを安全な場所に避難させるのだろう。

 理人の言葉の意味を、俺はまだ明確に理解していなかった。

***

 部屋に入った途端、何ともいえない匂いがした。

 一番強く感じるのは、・・・絵の具?

 そしてその異常は、嗅覚だけではなく視覚からも確認できた。

 まず、散らかっていた。電気がついていなくて真っ暗だからあまり細かくは見えないけど、大体書類とかそこらだと思う。

 部屋は広かった。だからこそ、むしろ不気味だった。

 ・・・、あの時の光景が記憶から呼び出されて。

 苛々する。

 壊したい。

 そんな破壊衝動に駆られる。

 この匂いも暗さも雰囲気も全部、

 体全体が、拒絶している。

 でもこうしてもいられない。不気味だからこそ、早く中にいるであろう被害者たちを助けないと。

 そう思って、やっとの決心で俺は、部屋に足を踏み入れた。

 物を踏んでしまうがこの際仕方がない。俺は後ろにいる那羅ちゃんに気を遣いながら部屋の置くに進んだ。

 リビングらしき部屋に辿り着いた。ろくな生活を送ってなかったことが伺えた。相変わらずの異臭も絶えず、それが放置されているゴミから発生しているものだと気付いてつい口を手で覆う。

 大量な食料のゴミがあることから、1人分ではないことはすぐに分かる。食料は与えていたらしく、一先ず安心した。

 真っ暗な部屋の中、暗闇に慣れてきた目が1つのドアを見つける。台所や風呂場は他にあったので、普通に考えると寝室だろうか?

 足で床に散らばるゴミを避け、那羅ちゃんが通りやすいように通路を作りながら、俺はその寝室のドアを開けた。

 寝室はカーテンを締め切り電気をつけていなかったようで、本当に光が一筋もない状況だった。ここに狛くんがいるなんて、本当に、想像もしたくない。

「・・・、え・・・」

 つい、声が漏れてしまった。

 目に飛び込んできたのは、


 絵。


 ただ、ひたすらに、絵。パッと見だけでも数十枚はある。

 壁にはもちろん、床にも覆いつくされるほど散乱し、天井からも吊り下げられている。キャンパスも何個か置いてあるし、普通に美術展ができそうなくらいな量だ。

 そしてその絵の内容に、吐きそうになる。

 少女の絵だった。

 いや、もっと正確に言えば少女らしきものだった。

 五体満足な絵はほとんどない。どこかが欠落していて、左右対称ではなく焼け爛れたような身体をしている。

 極端な絵ばかりだった。普通の絵ではなかった。無駄に肉が多かったり、死ぬほどやせ細っていたり、目が抉れていたり、耳が千切れていたり、鼻が潰れていたり、口から血を垂らしていたり・・・中には真っ二つになっているものさえある。とにかく異常だった。

 何が書きたいのか、全くもって理解できない。


「・・・・・・・・な、ら・・・ちゃん・・・?」

 つい足が竦んで立ち止まってしまったとき、どこからか聞き覚えのある声がした。

 瞬時に反応したのは他でもない、名前を呼ばれた那羅ちゃんだった。

「こまにぃっ!!」

 真っ暗で足元もおぼつかない中、那羅ちゃんは狛くんの名前を呼びながらとにかく声のしたほうへ進んでいった。

 絵の数の多さに圧倒され部屋自体をあまり見ていなかったが、確かにここは寝室らしい。一応のベッドのようなものも見えなくはない。先ほどのリビングよりは狭いが、充分の広さがある。

 那羅ちゃんが向かったのは部屋の奥だった。それこそベッドが置いてあるほうだ。

 紙の擦れる音がする。那羅ちゃんが素足を紙で切らないか心配するものの、今はそれどころではない。

 那羅ちゃんの後を追い、俺も部屋の奥へ向かった。

 そして、視界の中に人影が写りこんでくる。影の数は計4人。

「こまにぃ!こまにぃっ!!」

 そのうちの1人に近づき身を揺する。どうしてあの影が狛くんだと分かったのかは、残念ながら俺にはわからなかった。