複雑・ファジー小説

OUTLAW 【参照3000ありがとうございますっ!!】 ( No.266 )
日時: 2013/10/27 11:17
名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)



 事件前から面識があったせいか、俺のことを声で分かってくれたらしく彼女はバッと勢いよく体をこちらに寄せてくる。

 泣きはらした赤い目と、極度の緊張からの青ざめた顔色を見て、俺は熊谷への怒りを募らせた。

「っ・・・理、人くんっ、本当、本当に、本当!?」
「本当本当。助けに来たよ、大丈夫?どこか痛いところとかない?」

 彼女が安心したように顔を綻ばせ、俺の中に少しの余裕が生まれる。

 大丈夫、と呟いた美羽ちゃんを見た後足を縛る縄を解き、すぐに後ろに回って手のほうも解いてあげた。

 監禁されている間、何をされていたのか・・・聞きたくないが聞かねばならない。でも、それは後ででいい。

 まずは、この狂った状況から抜け出すことが最優先だ。

 公園に向かう間にでも、4人から順番に聞けばいい。

「り、理人くん、熊谷先生は・・・・?」

 どうやら被害者たちは、自身に危害を与えた人物を認識しているらしい。

「熊谷先生なら、外で俺の友達が取り押さえてるよ。今のうちにここから逃げよう。みんなも心配してるから」

「うんっ・・・」

 今にも泣きそうな表情で、美羽ちゃんは強く頷いた。

 狛くんもどうやら俺と同じことを考えてくれたらしく、立ち上がろうと必死になっていた。そんな狛くんを、那羅ちゃんが必死に支えようとしている。

 やっと立てたというところで、狛くんは自分の足元にいる女の子を見た。彼女はどうやら口は覆われていないらしく、目だけ見えない状態のようだ。

 彼女は四方八方から響く物音に体を強張らせていた。声を出せばいいものの、口は堅く閉ざされている。

 その様子に気付いた狛くんは、どうやら彼女の目を覆う布を取ろうとしていた。けれど、狛くんは今那羅ちゃんから手を離したらすぐに倒れてしまいそうなほどふらふらで・・・。 

 見ていられなくて、俺は美羽ちゃんの手を引きながら狛くんたちに近づいた。

「大丈夫、任せて」

「阿九根さん・・・」

 久しぶりの狛くんの声に今更ながらも安心する。

 一旦美羽ちゃんから手を離して、俺は足元にいる女の子に手を伸ばした。

 だが、その瞬間。


 彼女は俺の手から逃れた。


 え、と間の抜けた声が俺の口から漏れる。

 目が塞がれていても、気配は物音などから察することができる。もしくは声の位置からも分かったのかもしれない。彼女は縛られた体で身をよじって、確実に俺を避けた。

 どうして?そう思ったのは狛くんや美羽ちゃんも一緒だったらしい。


「・・・・誰」


 冷たく響いた鋭い声。

 それが、彼女から発せられたものと気付くまで数秒かかってしまった。

 美羽ちゃんと小夜ちゃん、そして狛くんがとりあえず俺の視界に入っている。黒宮さんは、・・・とりあえず後にしよう。

 となると、彼女は第二被害者の渡辺香織ちゃんだろうか。

 おとなしい性格と聞いていたためか、彼女の冷たさに少しだけ驚いてしまう。

 もしかすると、得体の知れない俺に怯えているのかもしれない。今起きている美羽ちゃんと狛くんは俺の知り合いだから声で分かってくれるけど・・・。

 それに、彼女が渡辺香織ちゃんだとすると、この中で一番ここにいる時間が長い。このことも、関係しているのかもしれない。

「僕は阿九根理人、君と同じ高嶺高校の2年だよ」

「・・・、阿九根さん・・・」

 名前を聞いたことあるのか、香織ちゃんは少しだけピクリと反応してくれる。

「そう。ここは危ないから、早く安全な場所に行こ、ね?」

 できるだけ優しく話しかける。

 香織ちゃんは、しばしの間そのまま動かなかった。何かを考えているみたいだけど、残念ながら全く分からない。

 女の子を怖がらせてしまうのは不本意だけど、できれば早めにここから抜け出したい。

 さっきから、美羽ちゃんが周りを見ておどおどしているのが分かる。

 泣きそうな声が後ろから小さく度々聞こえてきている。

 夥しいほど不気味な絵は、元々気が弱い美羽ちゃんには刺激が強すぎるんだ。

 でも、だからといって、無理矢理連れ出すのも気が引ける。

 そうこうしているうちに、香織ちゃんが口を開く。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、行かない」



 でも、聞こえた言葉は予想とかけ離れていたものだった。

「え・・・」

 俺だけでなく、狛くんや美羽ちゃんの声も聞こえる。那羅ちゃんは、狛くんにしがみつきながら、ただ彼女を凝視しているだけ。


 行か、ない?


 何で・・・。

 そう思ったときに、香織ちゃんの体が小刻みに震えていることに気が付いた。

 真夜くんに聞いた彼女についての情報を思い返してみる。

 ・・・、彼女は確か生活費を稼ぐために体を・・・。

 そこまで思い出して、俺は自分でも顔をしかめたことが分かった。あまり気持ちのいいものではない。

 となると、彼女が助けを拒む、というのも不覚ながら納得がいく。

 ここにいれば、何もしないで済む。嫌なことをしなくていい。

 だったら、こちらにいたほうが彼女としては安心できるはずだ。

 納得はできるものの、それを認めるわけにはいかない。

 だからといって、彼女を一人ここに置いていくわけにもいかないのだ。結局熊谷は榊さんが警察に届けてくれるはずだから、彼女も警察の手に保護されるのが免れない結末だ。だが、そうなるとこちらとしてもいろいろ不都合があるし、何より彼女がしてきたこともあまり公にしていいものではない。

 こうなったら、無理矢理にでも担いで外に行くしかない?天内小夜ちゃんもいるけど、女の子2人くらいなら余裕で行ける。

 でも、そんなことしていいのか?

 もし、ここで俺が助けたら、彼女は元の生活に逆戻りということになる。彼女にとって、そちらのほうが不幸になるのだろう。

 ならば、俺は彼女を助けるどころか、傷つける結果になるのでは・・・?

 そんなの駄目だ。女の子を傷つけるなんて、絶対にやってはならない行為だ。

 彼女が傷つかずに済む方法・・・。


 ・・・、残念ながら、今の俺には全く思い浮かばない。

 どうしよう。早くしないといけないのに。狛くんは那羅ちゃんに任せるとして、俺の受け持ちは美羽ちゃんと天内小夜ちゃんと、彼女、渡辺香織さん。

 美羽ちゃんは意識があり動ける状態だからいいものの、小夜ちゃんはまず担がないといけない状況になる。その上で、無理矢理渡辺さんを連れて行くのは、流石に困難だ。

 どうする。

 そう思って、冷や汗を掻いたとき、ふと後ろから物音が聞こえた。

 状況的に俺はビクリと反応し、咄嗟に振り返る。

「・・・、梨緒ちゃん?」

 フードを被った女の子。天使に見えるほど綺麗な女の子。

 そこにいたのは、篠原梨緒ちゃんの姿だった。・・・、そういえば、同じ保護班だった気がする。

 こんな状況に関わらず、梨緒ちゃんは無表情。不気味な絵たちを一瞬ちらりと見たけど、すぐに視線を逸らしてしまった。これを見て何も思わないというのもどうかとは思うが・・・。

「真夜が、理人を手伝ってこいって」

 場違いなその言葉に、俺はつい顔がほころぶのを感じた。

 どんな状況でも、梨緒ちゃんの一番は真夜なんだ。

「ありがと。じゃあ、えっと・・・被害者たちを非難させたいんだけど・・・その」

 被害者のうちの1人がここから出たくないなんて言えない。