複雑・ファジー小説
- OUTLAW 【参照3000ありがとうございますっ!!】 ( No.269 )
- 日時: 2014/05/07 00:08
- 名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)
近くで空悟が唾を呑み込んだのが分かる。
ただし、俺らにはここで言葉を発することはできない。
「親として最低だ。私はいつのまにかそこまで落ちぶれてしまっていた。自分が悪いとは分かっている。娘への欲を抑えきれなかった私の責任だ。だが、私はそれでも絵を完成させたかった。娘を描きたかった。でも、私はもう正常なものを描くことができない。私の絵はいつのまにか狂ったものしか描けなくなっていた。そこで私は違う手段を考え付いた。想像で描くからこんな欲が出てしまうのではないか。無欲で、見たものをそのまま描いていれば、いつか無欲で自分の想像も描けるようになるのではないか。そう思って、私は何も欲張らずに何かを描く練習を始めた。・・・そうして、女子生徒に手を出してしまった」
どうやって、彼を責めたらいいのか分からない。
確かに彼のしたことは許されることではないのかもしれないが・・・。
それでも、彼は・・・。
「娘のことは誰にも話していなかったし、私は学校で嫌われ者だ。モデルになってくれ、と素直に言ったところで、全員に気持ち悪がられたよ。拒否されて、拒否されていくうちに、私はもうこれは自分の部屋に連れて行くしかない、と踏んだ。何か問題がある生徒を、教師の権限で呼び出してそのまま車に連れ込んだ。これでやっと描ける。正常が描ける、と思って、連れ込んだ生徒を見ていると、確かにその子らは誰も正常だったのだけど・・・。私が正常ではなかった。正常なものを・・・完成体を見るたびに、何故か、壊したくなってしまった。どうして、私が描く娘は欠落品ばかりなのに、お前たちは全部揃っているんだ、と。変な嫉妬心が生まれて・・・やっぱり、そんな状態で描いた絵が、正常なわけがないだろう?正常じゃなかったのは、私自身だったんだ。それでも、人によって変わるかもしれない、と思って、次々に同じ行為を繰り返したが・・・結果はどれも変わらなかった。気付いたらもう5人になっていて、私は自分のしでかしてしまったことが信じられなくて、どんどん自己嫌悪が募って焦りだした」
俺の予想は大体は当たっていたが、何故か喜ぶことができない。
「君たちが来てくれて、助かったよ。私はあの子たちを早く解放しないと、とは思っていたけれど、それを行動することはできそうにもなかったからね。でも、これで・・・」
熊谷が目を閉じる。
全てを諦めたように、今までで一番小さい声で呟く。
「娘を描くことは、二度とできなくなってしまったね・・・」
熊谷がしたことは、許されることではない。
だけど、熊谷はただ、娘に会いたいと願っていただけだ。
その願いを叶えたくて、彼は自分の欲に負けて狂ってしまったんだ。
それでも、彼は、娘の絵を描きたいと願っている。
本当に、
娘と、一緒にいたかった、だけなんだ。
それは、親なら誰もが思う、当然の感情。
その表し方が、彼は人とは違かったけれど・・・。
このことについては、誰も彼を責めることはできない。
ふと、ポケットの中で俺の携帯が震える。マナーモードは限りなく小さくしているため、空悟たちは気付かないが、長さ的にもこれは電話。
そして、このタイミングでかけてくる奴はただ1人。
俺は、ある奴に伝えていた。
マンションについたら、連絡してくれ、と。
「・・・会えば、いいじゃねぇか」
「え?」
「お前の娘に、・・・皐に」
瞬間、熊谷は俺の方に物凄い勢いで目を向ける。
空悟も俺のほうを見ていた。
「何で、君・・・私の娘を・・・?」
「ちょっとした、知り合い」
間違ったことは言っていない。
今玄関にいるのなら、ここまで来るまで少し時間がある。
その間に、少しでもいいから、
この歪んだ親子愛を、正常に。
「どうして、皐にもう1度会おうとしなかったんだよ?」
「・・・」
「確かに、お前だけが責められるのは不条理だと思う。でも、どうして、生徒をモデルにする必要があったんだ?何で練習なんて必要があったんだよ。最初っから本番でよかったじゃねぇか。1度しか見てないから、描いていくうちにどんどん面影を忘れてしまって、そうして生まれた自分への焦りが、欲を表に出させたんじゃねぇのかよ」
「・・・それは」
「もう1度、会ってみる、っていう選択肢を、何で選ばなかったんだよ」
「君に分かるか?」
がくがくと震えて、今にも泣き出しそうな声で、彼は俺に訴える。
「1度、娘に拒否された親が、・・・どんな思いか、分かるか?」
そうだ。
「また、また娘に・・・皐に拒否されたらっ!もし、本当にそうなったら、もう、私はっ・・・」
その恐怖が、お前の、
「私は本当に、もう、立ち直れないかもしれない・・・」
一番の、欠点だ。
「・・・それでも」
そうやって、恐れていたから、お前は皐じゃなくて、違う女子生徒に手を出した。
皐に拒否されたくなかったから。離れてはいたけれど、それでもこいつは娘を思って・・・いや、
愛して、いたから。
もう二度と、拒否されたくない。
こいつの中で一番強かった欲望は、罪悪感でも恨みでも寂しさでも、焦りでも何でもなくて。
愛する娘に拒否されたくない、という親特有の欲。
「お前は、皐に会いたいだろ」
ここに来てから一番穏やかな声で、俺は熊谷に尋ねた。
「・・・」
熊谷はそれに答えない。何を考えているのか分からない。
けれど、こいつは、
まだ、
「いいか、お前は、まだ壊れていない。拉致った生徒たちを、正常なやつらを壊したいと思った、と。さっきお前はそう言ったな」
真っ直ぐな道に、戻る活路がある。
「壊したい、と、そう思っていたにも関わらず、お前はあの被害者たちに、1回でも手を出したのかよ。お前が、あいつらを傷つけたのは、絵という非現実の中でだけだ」
あの人のように、壊れたままにはならない。
「多少の、危害は加えたのかもしれない。でも、それはあいつらに直接傷がつくものか?違うはずだ。お前はそれをしない、いや、できなかったはずだ。お前は、壊したいと思っていても、それを押さえる理性がちゃんと働いていたんだ。そんな奴は、壊れているとは言わない」
・・・、戻してやる。
「会えよ、皐に。直接見て、皐の正常さを見て、そうして皐を描けよ。お前はまだ、1度も皐を本当の意味で、描いたことがないんだから」
あの人のようには壊れさせない。
嫌われたくないという欲は、何より強い。
だけど、それに勝てる活路はいくらでもある。
・・・あの人の場合は、どの道も選んでやれなかったけれど。
こいつはまだ、残っているから。
そして、後ろから足音が響く。
どんどん近づいてくる。
「ちゃんと見てやってくれ、皐を。・・・お前の愛する、娘を」
空悟も足音の存在に気付いて振り返る。
俺らの後ろ。
熊谷は床に座り込んだまま、俺の後ろを見ようとする。
足音が、すぐ後ろに来たところで。
話しかけられる前に、俺は横へ退いた。
瞬間に、互いに驚いたように息を呑む。
「さ・・・つ、き・・・?」
先に口を開いたのは、熊谷だった。
・・・ここで、逃げずに皐の姿を見続けているというその行為が、
お前の、答えだ。