複雑・ファジー小説

Re: OUTLAW 【番外編START☆】 ( No.77 )
日時: 2013/03/03 23:10
名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)

***

「すいません。あのトイレの中にはもう誰もいませんか?」

「・・・はい?」

「あ、えっと・・・俺の連れがつい30分前に入ったまま出てこないんでちょっと心配で・・・」

「そういうことですか。でしたらもう中には誰もいませんでしたよ」

「え・・・。・・・そうですか、ありがとうございました」

 女子トイレから出てきた見知らぬ婦人の方にかなり失礼な質問をしたもんだ。

 とりあえず、ここにいても梨緒が帰ってこないということは分かった。あいつのことだ。そんなに遠くまでは行かないだろう。

 全く・・・世話のやけるやつだ。

 適当に俺は歩き出しながら、頭を掻く。梨緒ならあのフードを目印に探せばいいはずだ。

 落ち着け。落ち着け、俺。大丈夫、絶対見つかる。

 冷静でいるようで、どこか落ち着いていない自分がいる。

 そういや俺って、アウトロウに来た初日にいなくなったあいつを追いかけたんだっけ。

 あー・・・もう、いつからあいつの保護者になったんだよ俺は・・・。つか、あいつは何でこんなにすぐいなくなるんだよ・・・。

 ・・・俺の傍から離れるなって言ったのに。

 考えてても仕方ねぇ。とりあえず歩き回って探してみるしかない。

 雑貨屋にファッションショップ、さっき行った百貨店にカフェやフード店、電気屋など様々なところに行ってみたが梨緒の姿はない。

 ふと立ち寄ったそこは本屋だった。そういえば社井に本を頼まれていた気がする。適当に文庫本を買っておこう。

 新作のところから続巻じゃない本を選び出し、表紙だけで決めてゆく。

 璃月は随分な文学少女で、気が付けばいつも本を読んでいる。本を読んでいるときは読み終わるまで話しかけても返事は返ってこない。ある意味凄い集中力だと思う。

 これでまた手に持つ袋が1つ増えたことになるのだが、今はそんなのどうでもいい。本1冊くらい16歳男子からしたら何の重みではない。

 早く梨緒を探さないと・・・

 と考えていたとき。

 ———歌が聞こえた。

 優しく切ないその歌の声に、俺は吸い寄せられるようにして足を動かしてしまった。

***

「お母さんとはどこではぐれたの?」

「わかんない・・・」

「一緒に来たのはお母さんだけ?」

「・・・」

 女の子と一緒に歩いている私は、ただ気まぐれで方向を決め彼女のお母さんを探していた。

「おとうさんはね、おほしさまになったんだっておかあさんがいってた」

 人が死んだときに、よく使う表現だ。5歳にして父親がもういないというのは酷な話だと思う。

 この子はまだ、きっと人が死ぬということを分かっていない。だから、星になったなんていう話を信じられる。

 とか言う私も人の死に携わったわけじゃない。

 でも、人を殺したいと思ったことも、人に死んだらいいのにと思ったことも、むしろ死にたいと思ったときはある。

 こんな人生なら、こんな運命なら、いっそのこと全てを投げ打って、無に還元したい。

 人の死とは、最低で最高なものなのだ。

 だけどこの女の子は、まだそんなこと理解しなくていい。

「だからね、わたし、おおきくなったらおほしさままでいって、おとうさんにあいにいくの!」

「駄目よ」

「え?」

「それは、してはいけないことだわ」

「・・・なんで、そんなこと言うの?」

 明らかに今にも泣きそうな顔で、女の子は立ち止まって私を見上げる。

 死んだ人に会いに行くというのは自分も死ぬということになってしまう。彼女なりの理解だったのだろうけど、それが分かってないにしろそんなことは言わせてはならない。無自覚ならば尚更タチが悪い。

 私は家族を亡くしたという経験はしたことはない。だから、それがどんなに悲しいことなのかは分からない。しかも5歳でなんて、考えられない。

 そんな曖昧なままで、おかしな答えを出させてはならないはず。

 不安定なままで出した答えは、正解のはずがないのだから。

 事実、そうだった。

「あなたのお父さんは、確かに星になったのかもしれない」

 彼女の認識を変えずに、考えを変えなければ。

「星になったお父さんと会うためには、あなたも星にならなければならない。星になるためには、今いる場所からいなくならなければならない。分かる?」

 5歳の少女には、難しい話だっただろうか。

 でも、私は、もう。

「星になったあなたのお父さんが、何をしているか知ってる?星というのは、夜だけにあるものじゃない。太陽があるうちは太陽の光に隠れてしまうだけ。つまり、いつでもあなたを見ているということよ。・・・あなたは幸せ者だわ。いつでもお父さんに守ってもらっているのだもの。なのに、あなたがここからいなくなってしまったら元も子も無い。あなたのお父さんはあなたを見ていられなくなってしまう。これを、あなたのお父さんはどう感じるかしら」

 女の子は、唇を噛み締めるようにして私を睨む。

 本当は分かっていたのかもしれない。この小さな女の子は、必死に父親の死を受け止めていたのかもしれない。

 でも、それをしたからこそ、受け入れたくなくて。もう会えないなんて嫌で。

 だから、まだ会えると。思い込みたかったのかもしれない。今のこの子の表情は、現実を突きつけられた表情だ。

 もしこの子が5歳だとしたら、もう数年経てば父親の声も顔も言葉も温もりも、記憶から無くなるだろう。

 けれど今は、覚えている。まだ残っているから。

 その残像に、すがりたくなる気持ちは分かる。いずれ忘れてしまうとしても、一緒にいたいと願うのは当然の行為だ。

 愛されたいと願うのは、人間の本能だ。

「あなたは、もうお父さんと会えない。・・・でもあなたがお父さんと過ごした日々は、絶対に消えない。あなたの記憶の片隅に、大切に仕舞われる。あなたはいつも、お父さんに守られている。会えない代わりに、あなたの成長をお父さんに見せてあげて。そしたら、きっと喜ぶわ」

「っ・・・・ふぇ・・・・・・・・・・・」

 女の子はついに耐え切れなくなった大きい粒があふれ出した。そして彼女はいつかの私のように、倒れこんできた。

 大声をあげて泣く女の子は、周りの視線をかなり集めていて見られているということはすぐに認識できたけど、気にする必要もなかった。

 これは私の推測だが、彼女はきっと父親が死んだと知ったとき泣かなかった。多分、泣くまでの理解ができなかった。

 だから無理矢理に辻褄を合わせて、まだ会えると錯覚したかった。

 けれどそのままではいつか壊れてしまう。現実を思い知らされたときに、耐えることができない。

 理解は早いほうがいい。そのほうが、これからのことを考えることができる。

 彼女の受けた悲しみは、私には思い知れない。思っているより大きいことも分かっている。

 それでも、きっとその悲しみは、彼女をもっと大きくさせる。

 そして、そのことを、彼女のお父さんはきっと喜ぶ。

 こんなに素直で、純粋な子の親ならば、きっとまともな人間に決まってる。

 気が付けば、私は歌を口ずさんでいた。

 昔、まだあの人が壊れていないときに歌ってくれた、私の大好きな、

 優しい歌を。


















梨緒の特技公開ですw