複雑・ファジー小説
- Re: OUTLAW 【番外編START☆】 ( No.78 )
- 日時: 2013/04/03 22:26
- 名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)
***
そのとき、その場には酷く優しい歌が響いた。
酷く残酷で、それ故に優しく、天使が歌っているとも悪魔が歌っているとも言えるような。
誰も聞いたことがないような、誰より綺麗な澄んだ透明な声で奏でられたその旋律は、その場に居合わせた人々の足を強制的に止めさせた。
老若男女問わず、全ての人を魅了するその歌を歌うのが、1人の残酷過ぎる過去を持つ哀れな少女だとは誰も思いもしない。
どんな歌だったか、と聞かれたら、声をそろえてこう答える。
“綺麗すぎて、よく分からない”。
***
歌が聞こえた。
随分遠くのようで、かろうじて聞こえる程度だったけど凄く綺麗な音だった。
吸い寄せられるように俺は足を動かした。
俺はこの声を知ってる。毎日聞いている声だ。
でも、あいつのこんな声、聞いたことがない。
切なくて悲しくて、どこか雪を連想させる旋律なのに、その中に春のような暖かさが隠れている。
テレビに出ているどの歌手にも劣らない。
まるで天使が歌ってくれるような子守唄のような。
とにかく俺は声を頼りに歩く。今までずっと探していた人物のところへ。
序所に大きくなる歌声に俺は鼓動が早くなるのを感じる。
すると突如として人だかりにぶつかった。通常の道のはずなのに、そこには何かを取り囲むようにして人が集まっている。
俺はどうにかして人の群れを掻き分け、最前列へと辿りついた。じめじめとした気候な上の重労働なので、結構汗が鬱陶しい。
そしてそこにいたのは、思ったとおりの人物だった。
見知らぬ女の子が床ということも気にせずにうずくまって大声をあげ泣いている。彼女はその女の子に寄り添うように床にぺたりと座りながら、聖母のような優しい表情で音を連ねていた。
見慣れている。なのに、今のこいつは、
俺の知らない姿。
いつもの自由奔放な我儘な少女には見えない。
お前は、誰?
今俺の目の前にいるのは、誰?
知らない。俺はこんなの知らない。
妙な感覚だった。近くにいるのに遠いような。見えない壁に阻まれているかのような。
焦ると同時に苛立ちを覚えた。
自分の知らないあいつがいることが許せない。
あいつの全てを俺だけが知っていたい。そんな独占欲に駆られてしまう。
何分経ったかは分からない。もしかしたら数分かもしれないし、数十分かもしれない。時間さえ感じられない空間だった。そんな時間が経って、あいつの歌は止まった。
気付けば女の子も随分と泣き止んでいて、疲れたのかボーっとしている。あいつは今まで自分の周りにこんな人だかりができているなんて知らなかったようだ。決して目立ちたがり屋ではないあいつは少し困っているように見える。
そのとき、人だかりの中から1人の女性が飛び出してきて、あいつの傍にいた女の子へと駆け寄った。女の子も女性を見てぱっと明るい表情になって、倒れるくらいの力で飛びついていた。
状況を察するに、あの子は母親とはぐれていたのだろう。そうすると、あいつは迷子の手助けをしたことになる。
あいつなりに、親切を頑張ったんだろうとは思うが、あの方向音痴を知っていると逆に母親から遠ざけていたのではないかと不安になる。
女の子が母親と会えたのを見て、あいつは心底安心したような表情になった。他者から見れば、無表情に違いないが。
そのとき、俺と同様にことを理解した人々が、あいつに拍手を送った。
あの女の子は母親がいないことが寂しくて泣いたのだろうか?まぁ、理由は分からないが、泣いている女の子を彼女があやしていたのは確かなことだ。しかも、母親まで見つかったのだから、申し分ない。
拍手にどう応えていいのか分からず・・・というより、あれは俺が思うに人見知りの分類だ。こんな大勢の人の目に触れるなんて慣れていないのだろう。フードをより深く被り、俯いてしまった。だが、ぎりぎりのところで周囲を見渡せる絶妙な角度のようで、きょろきょろと視線を泳がしている。
その視線が俺の方向へと向いたとき、ぴくりと反応した彼女は俺のほうへと歩いてきた。俺の存在を認識したらしい。
遠いと思ったら、すぐに近くなる。
・・・それでいい。
まだ会ってから日数もそんなに経っていないんだ。知らないこいつがいて当然だ。
だからこれから知っていけばいい。俺の知らないこいつを。俺しか知らないこいつを。
独占して何が悪い。誰にも文句は言わせねぇ。
「真夜、見つけた」
「探してたのは俺だっつーの」
「私ここにいたくないわ」
「奇遇だな、俺もだ」
「早く帰る」
こんだけ我儘言わせてるんだ、少しくらい俺にだって我儘言わせろ。
いつの間にか拍手も小さくなり、一足も減ってきている。今がチャン
スだ。
そう思って、俺が歩き出したとき後ろで高い声が響く。
「おねえちゃん、ばいばい!!」
言葉から相手が先ほどの女の子だということが分かる。
振り返った彼女は女の子に微笑み、踵を返した。
周りの人々が口々にこいつを評価してる。だが、どうせこいつは気にも留めていないのだろう。だから、絶対自分の音楽の才能にも気付いていない。
どうして今までこいつの周りにいた奴らは、声をかけてやらなかったんだろうか。疑問だ。
または、人前で歌ったのが、今回が初めて・・・?いや、そんなはずない。学校の音楽で歌わせられるはずだ。
「ねぇ、真夜」
デパートの出口をくぐったとき、梨緒が後ろから話しかけてきた。フードを被って一層見えない表情が、俯いているせいかもっと見えない。
微妙に梨緒の顔を覗き込みながら、俺は「ん?」と聞き返す。
多少間を開けて躊躇いながらも、梨緒は俺を見上げて訴えてきた。
いつもの無表情な白い顔が、そのときだけ少し赤に染まっていて。
「・・・手」
たった1文字を言いながら、右手を俺へと向けてくる。
こいつはいつも言葉が足りない。その代わりに行動で自分の意思を伝える。
今回ばかりは少し考えてしまったが、すぐに趣旨を理解した俺はさすがに視線を逸らした。
俺は今まで周りと馴れ合うようなことはしなかった。当然、恋人というものも作ったことがない。
だから、意識をして異性と手を繋ぐという行動は取ったことなどないわけで。
少し・・・いや、かなり恥ずかしいのだが・・・。
でも、どこかで嬉しがってる自分がいて・・・・・・・・。
「・・・ったく」
頭では駄目だと思っていながらも、心は理性を保てない。
梨緒の手は、びっくりするくらい冷たかったのだが、今の気候には丁度よかった。
けれど数歩歩いた頃に、梨緒が手を握る力を強くしたとき、俺の体温は何度か上がった。
「?・・・真夜、何だか手が熱いわ」
「・・・誰のせいだよ」
「聞こえない」
それでいい。
今は、これが続けばいい。
そう思った。
この手を離すわけにはいかない。
「何でもねぇよ」
はい、番外編PART1、終了です!できるだけ短くしたつもりなのですが・・・どうでしょう?こんな感じで大丈夫でしょうか?
ペースあげなきゃ本編がやばい・・・!
とか馬鹿な自分に焦ってるチェシャです
次回からは、那羅の風邪のつもりです、お楽しみにw