複雑・ファジー小説

Re: OUTLAW 【第2部 START☆】 ( No.93 )
日時: 2013/03/22 20:08
名前: Cheshire (ID: f7CwLTqa)

 おとなしい性格のために友達は居らず、母がこんなだから親戚にも頼れず、売春で貰ったお金は食費やライフライン関係の支払いだけで精一杯な渡辺香織には、家を追い出されたらどこにも行く当てがない。

 食事だけでなく寝床までホテルで取らなくてはならなくなってしまうのだ。そのためには、売春の金額を上げなければならなくなる。それはつまり身を売るレベルが上がるということだ。

 元々身体の付き合いに対して積極的ではない渡辺香織にとって、今以上の行為は苦難だった。できれば避けたいものだ。

 ならば、成績を上げる他手段はない。

 でも、家での時間は家事全般で失われ、夜は身体を売りに行き、寝不足のために授業は集中できず全く頭に入らない・・・その悪循環は抜け出せなかった。

 こうなったら、どんな手を使ってでも成績を上げないと。

 だから・・・。

 そうして行ったのが、カンニングだったのだ。

 朝のバスの中で話す会話じゃないことは百も承知だ。何でこんな暑苦しい人混みの中で人のヘビーな過去を聞かされなければならないのか、あまりよく分からない。

「ちょっと、優。その話は私、知らないわよ」

「だろうな、言ってねぇもん」

「何で私に言わないのよ」

「ごめん、タイミングがなくてさ」

「全く。今後一切私に隠し事しないで」

「ん」

 どんな会話だ、と思いつつ双子はこういうもんなのか、と勝手に解釈する。

 渡辺香織について、アウトロウがどれくらい情報を掴んでいるのかは分からない。ただ、今姫路から聞いた情報は、知ってて損はないはずだ。

 そう思うと、こいつらと引き合わせてくれたあの痴漢のおっさんに感謝する。

「次は、多岐谷駅。多岐谷駅でございます。お降りの方は———」

 機械的なアナウンスで、現実に引き戻される。目的地の多岐谷駅だ。多分、空悟と梨緒も降りる準備をしているはずだ。

「よかったら一緒に行かない?」

「悪ぃ、俺待ち合わせあんだ」

「あら、そうなの?残念だわ」

 誘ってきた姫路の誘いを断り、俺は荷物を持ち直した。

「2学年のクラスは全部で7クラス。ちなみに私たちは3組よ。一緒だといいわね」

 開いたドアをくぐる寸前に、女のほうの姫路が俺へと振り返りそう告げた。

 確かにこいつらとの話は、楽しいと言ったら不謹慎かもしれないけど楽しかった。アウトロウにいても、全然違和感はないだろう。

 多分、俺みたいな奴に偏見がないからだ。大抵の奴は俺を怖がって避ける。だが稀に、俺のことを普通の人間と変わらずに接してくれる奴らがいる。アウトロウは悪く言ってしまうが変人の集まりなので逆に俺は浮かなくて済んでいるのであいつらは別だ。それ以外は姫路たちやあいつみたいな希少価値のある優しい奴らだ。まぁ、姫路たちが優しいかどうかは断言できないけど。

 そういえば、俺も含め梨緒や理人、社井は何組なのだろう。

 それも確認するため、俺はとりあえず待ち合わせ場所である改札口に向かった。

 近づいていくと、もう既に梨緒と空悟がそこにいた。2人のほうが近いところにいたらしい。

「悪ぃ、遅れた」

 後ろから声をかけると、驚いたように空悟が振り返り、「何か久しぶりだな」と苦笑した。

 梨緒は俺の存在に気付くと、すぐに横に駆け寄って、袖を掴んだ。何だろう、と不審に思っていると、空悟がくすりと笑いを零す。

「何だよ」

「だってさ、お前といない間のしの、ずっと真夜の話してるんだ。よっぽど寂しかったんだろうな」

 ・・・寂しかった?

 たった数分の電車の中、一緒にいないだけで?

 俺は姫路たちのおかげで退屈を紛らわせることができたけど、梨緒たちがどういった場所にいたのか分からないのでもしかしたら退屈していたのかもしれない。

 今考えると、俺もあの場に姫路たちがいなかったら、退屈すぎて、梨緒のことばかり考えていたかもしれない。現実、空のほうの姫路を優のほうの姫路が庇っているのを見て、梨緒のことを思った。

 俺に迫りながら見上げる梨緒は、ふてくされるように頬を膨らましていた。

 怒られているというこの状況の中だが、そんな梨緒を可愛いと思ってしまった。別に、マゾヒストな訳ではないが、こんなことされたら誰だってそう思う。

 たった数分一緒にいないだけで、こんなにふてくされるなんて可愛い以外に何て言えばいいんだ?

「悪かったよ」

 人の流れに逆らえなかった俺と、故意的にふらついていなくなる梨緒では、少し違うとは思うが、今のこいつにそんな正論通じない。

 こいつにとってはどんな理由でさえ、俺が自分から離れたということ自体が駄目らしい。

「何で笑ってるの?」
 そりゃ笑いたくもなる。というか、もう堪えきれない。

 口角を上げようとする思考を、止めることができないんだ。

 空悟はまたやってるよ、と言った目で俺らを見ている。通勤通学のすれ違っていく人たちが適当に俺たちを見ては視線を外していく。

 どうでもいい。今はお前しか見えていない。

「・・・いや、可愛いなって思って」

 素直にそう告げた。心の底からそう思った。

 可愛くて、つい抱きしめたくなってしまうほど、愛しい。

 全く、俺はどうしようもない馬鹿だ。

 可愛い、と言われ、梨緒がどう思ったかは知らないけど、すぐにそっぽを向いた辺り顔は赤くなったのだろう。彼女は照れてるところをすぐに隠そうとする。

「ほらほら、お2人さん。もう学校行きますよ」

 と、見かねた空悟が促し、俺らは渋々歩き出す。

 多岐谷駅から高嶺高校はかなり近い。ホームを出て、5分も掛からないうちに着くはずだ。

「そういやさ、俺って何組なの?」

「私と同じクラス」

 間髪入れずに答えてくれたのは梨緒だった。まぁ、元々空悟は3年生で学年自体が違うのだが。

 梨緒と同じクラスということに、普通に喜んだ自分がいた。

 だけど、もしかしたらこんな時期外れの転校生を入れさせられる程だ。高嶺の奴が面白半分に同じクラスにしてくれたのかもしれない。

 あいつの言いなりになるのは癪だが、梨緒と同じクラスなのだとしたら感謝しないといけない。

「マジで?理人と社井は?」

「理人は確か7組だったな。社井は1組だから、真夜とは違うクラスだよ」

 やっぱりそこまでは揃えないか。まぁ、確かにそこまで一緒だったら怖いしな・・・。

「ちなみに何組?」

「3組よ」

 ありげな展開だ、と自分でも思う。3組なら、姫路たちと一緒だ。

 何だかあの双子と梨緒が知り合いだなんて、ちょっと変な気分だった。

「了解、ありがとな」

 ここで俺は、姫路たちから聞いた渡辺香織についての話を言おうか迷った。

 でも、彼女の抱える問題は決して軽くない。むしろ、人より重いはずだ。それを容易に話してしまうのは、2人には悪いが少々気が引けた。

 今度アウトロウで事件についての話題が出たときに、言えばいいか。人の背負ってるものは、他人が触れていいものではない。

「そういや俺、職員室寄ってくから、お前先教室行ってろよ?」

「駄目」

「え?」

 何故か答えたのは空悟だった。