複雑・ファジー小説
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.13 )
- 日時: 2013/02/27 11:06
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
静樹さんの反応は、極めて冷たく淡々としたものであった。
「ほっとけば、って……」
「お前のガッコのいざこざなんて俺がどうこう言える問題でもないスィー」
わざとやってるのか、彼は私の神経を逆撫でするように、口を尖らせて語尾を伸ばす。心の底からぶん殴りたくなる表情と声である。
「でも、どうしたらいいかとか、ちょっとくらい相談に乗ってくれたって……」
「そして、何よりッ」
彼は私の言葉を遮って、私を指差した。その目つきは険しく、真剣そのものだった。たまにしか覗かせないその面持ちに真正面から見据えられ、少し胸が高鳴った。
「死ぬ程どうでもいい」
とても真面目な表情で究極の無関心を告げられた。
「お前の血は何色ですか!?」
「ウルセー、年上に向かって『オマエ』とは何だ。それから毎度ご覧の通り見るも綺麗な赤色だ」
「そういうことを言ってるんじゃなくて……」
彼は、深い溜め息をつきながら立ち上がる。キッチンのほうへ行くと、冷蔵庫から冷えたビールを一本取り出して戻ってきた。彼はよく、自殺が失敗した後はシャワーを浴びると、ビールを一杯飲む。まるで仕事上がりのサラリーマンのようだ。
彼はプルタブを引いて、缶に口をつける。何でも彼は酔いが回るのが極めて早いので、一気飲みはしない。
ちなみにアルコールの過剰摂取による死亡は既に実験済みだという話である。結果はもちろん失敗、彼は飲みすぎで死ぬことはない身体だと証明されたそうだ。
「無駄だ」
唐突に、彼はぽつりとつぶやいた。
「え?」
「虐めとか差別とかってのは、何言ったって無駄だよ。下手に何かしようモンなら、それこそ火に油だ」
彼はもう酔いが回っているのか、頬を少し赤らめて言う。彼の視線はビールの缶に落とされていた。缶の表面を、水滴がひとつ滑り落ちる。
「そんなの、やってみないと……」
「『ヤッテミナイトワカラナイ』。そうだな、わからねぇよ」
だけどな、と彼は一息置いて。
「じゃあお前、もし悪化したときに責任取れんのか?」
その一言に、言葉を呑み込んだ。
私は、来栖君がどれほどの虐めを受けているのかは知らない。だけど、人の悪意は際限が無い。虐めている側がやろうと思えば、何処までだって彼は地獄に突き落とされるだろう。そして、彼が悪役に、彼が全て悪いことにされてしまうケースまでもが考え得るのだ。
下手に誰かに助けを求めようとして、そうなるのが怖い。それこそ虐めを受けている人が抱えている恐怖であると、私は今ここで理解した。
「俺のコトもそうだけど、だからこそ言っとくわ。あんま興味本位で他人様の事情に首を突っ込むモンじゃねぇよ。やるんなら、一緒に地獄までついてく覚悟でやれよ」
私は、何も言い返せなかった。
それが彼の本心なのか、『ドウデモイイ』という本心を取り繕う言い訳なのか、私にはわからない。だけど、彼の言っていること自体は正論だった。
私は、彼に『ナントカ上手ク虐メヲヤメサセル方法』を、彼に相談しに来た。
認めたくはないけど、自分が巻き添えにならない形での解決方法を求めていたのは言うまでもない。
同じクラスとは言っても、殆ど話したことすら無い来栖君。彼と一緒になって酷い目に遭わされる覚悟も、そうされても尚平気でいられるだけの、彼に対する好意も持ち合わせてはいない。
下手に何かしたって、いたずらに彼を絶望させるだけだ、と、静樹さんは言外に語っていたような気がした。
その日、結局私はそのまま帰った。いつもより随分早い帰宅だった。
自分の部屋に居ても、同じことをぐるぐると考え続けた。
静樹さんの言っていたことは正論だ。でも、来栖君がああなっているのを黙って見ていたくは無い自分も居る。
どうすればいい。
足を引きずりながら教室を出て行く来栖君の姿。彼が綴った文章。その二つを思い浮かべる。
同時に、静樹さんの言った言葉が頭の中をめぐる。
『ヤルンナラ、一緒ニ地獄マデツイテク覚悟デヤレヨ』
ベッドで仰向けになって、白い天井をぼんやりと眺めていた。虚ろだったその焦点を合わせて、ベッドから起き上がる。
そしてノートパソコンの電源を付けた。ノートパソコンは小さく低く起動音を鳴らし始めると、やがて画面に光を灯した。
検索サイトに、言葉を打ち込む。
——いじめ 解決方法 と、打ち込んだ。
無論、そんな調べ方で、そんなものが出てくるわけがないのは解っている。虐めなんてものに明確な解決方法が無いなんていうのは百も承知だ。
それでも、何もしないよりは何でもいいから一歩を踏み出してしまったほうが遥かに良い。
案の定、沢山の検索結果が出てきた。手当たり次第に色んなサイトをクリックして、閲覧して回る。
白や黒の画面に並ぶ無数の文字の羅列。それらが、まるで人の混沌を集約したものであるように思えた。切実に助けを求めている人。救済を謳った宗教勧誘。いっそ自殺してしまったほうが楽になれる、なんて言っている人。まるでどこかの誰かさんみたいだ。
夕飯を食べ終えた後も、風呂から上がった後も、私はイジメと、それを取り巻く議論に目を通し続けた。
無論、どこにも解決方法は無い。あるわけが無い。納得できてしまうほどに、それらは混沌としていた。
それでも、自分の中の自分は、ここで来栖君を見捨てたら、死ぬまでその影を背負い続けるだろうと予見していた。
だからその日は珍しく夜遅くまで起きて、来栖君を救うための方法を調べ続けて、考え続けた。