複雑・ファジー小説

Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.14 )
日時: 2013/02/27 20:51
名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)




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「……うん、面白いね」

 私のノートに視線を走らせながら来栖君は言った。そのノートに書かれているのは、私が新しく書き始めた小説の冒頭から第一章が完結するまでの部分だ。
 舞台は江戸時代で、主人公と病で余命がもう長くない幼馴染が心中を試みて、幼馴染が死に主人公だけが生き残ってしまうところまでが書かれている。

「話自体もそうなんだけど……描写も綺麗で、それでいて読んでてくどくない」

 うっかりすると同じような表現や単語を何回か使ってしまいがちだったり、そもそも語彙に乏しかったりと、描写はまだ未熟な自負があったので素直に嬉しい感想だった。

「というか……これ、ヒロイン死んじゃったけど、次がどうなるのか凄く気になる」
「それはこれからのお楽しみかなぁ」

 私たちは昼休みの教室に居た。先週の放課後の出来事を口実に、私は彼に小説の推敲を頼んでいたのだ。

 虐めによって起こる様々な悲劇の中で考え得る最悪の結末は、自殺だ。
 何度も何度も非道な行為を体験し続けたりして、精神が極限まで疲弊すると、やがて『自分ガコノ世ニ生キテイル意味ハ無イ』と考えるようになる。
 自殺は、生きている意味の喪失によって起こるものだ。
 しかし、誰かが自分を必要としている、自分は一人ではないと理解すれば多くの場合においてそれは回避できる。無論、すべてではないのだが。
 来栖君が生きるための意味は、幸いなことにもう見つかっていた。小説を書くことだ。
 ならば危惧すべきはそれが何らかの形でへし折られてしまうことだ。先週の、破られて床に散らばっていた彼の原稿用紙のように。
 そこで互いの長所を認め合い、互いの短所を指摘しあう書き手仲間が出来れば、彼の強い支えになるのではないかと考えた。
 私も私で、自分以外の書き手によって紡がれる文章を学ぶことが出来る。
 本人は私が何を考えているかなどわからないだろうけど、利害は一致していた。

 実際、彼の作品は見事なものだ。描写は、悪く言えば未熟だが、よく言えばとても素直で、それが文章に込められた感情をストレートに伝えてくる。心情描写にかけては流石の一言に尽きるだろう。私は心情描写がまだ甘い。なので学べることは多いと直感した。

「澪」

 背後の頭上から私の名前を呼ぶ声がした。振り返るとメグが居た。

「どうしたのよ、メグ」
「アー、ごめん、ちょっと良い?」
「う、うん」

 少し戸惑いながらも、来栖君に目配せする。彼は小さく手を振っていた。どうやらオーケーということらしい。
 私はメグに連れられて、渡り廊下の辺りまで来た。この辺りは人気が少ない。

「ちょっと、最近どういうつもりなの澪」
「え、どうって?」

 私に向き直って放たれた彼女の言葉に、私はまたも戸惑った。

「どうもこうも、来栖君とつるんだりして!」

 ああ、成る程。
 そろそろ来るかとは思っていた。

「別に、メグが彼も小説書いてるって教えてくれたから」

 メグはそれを聞くと、大きな溜め息をついた。

「澪って本当……良くも悪くも他人の目を気にしないとこあるよね……」

 失礼なことを言う。私にだって多少の恥じらいはあるというのに。

「下手したら澪まで巻き込まれちゃうかもなんだよ、わかってる?」
「だから?」

 私は、彼女を見据えた。彼女は言葉を詰まらせた。
 それはまあ、私だって別に虐めに巻き込まれたいワケじゃない。はっきり言えば怖いし、出来ることならそういうものとは無縁を貫いて生きていきたいと考えていた。
 ただ、ここで私が目の前の、はっきり『悪』だと解ることを見過ごして、私が自分の人生に汚点をつくってしまうのが嫌なだけで。
 そしてどうせ彼を放っておかないのなら、自分を研磨するための相手にもなってもらおうと考えている。
 それだけだ。

「別に私は何も悪いことをしてるわけじゃないんだから、良いじゃん」

 メグは、私に何も言い返すことが出来ないようだった。彼女は肩を落とすと、先程よりも大きな溜め息をついた。

「……前から思ってたけど、結構頑固なところあるよね」

 だから言うの躊躇ったのに、とも彼女は付け加えた。

「でも、澪だって……その、アレなんだから、あんま無理はしちゃダメだよ」

 敢えて言葉を濁した辺り、彼女の私に対する気遣いが伺えた。こうして忠告してきたのも、彼女なりの私に対する優しさなのだろう。
 虐めはどうだったかわからないけど、もし彼女が居なければ、きっと私はあのクラスで一人だったと思う。

「うん、心配してくれてありがと」

 タイミングを見計らったように、予鈴が鳴った。
 そして同時に、メグがはっとした表情で短い悲鳴をあげた。

「うぎゃっ、澪にノート見せてもらおうと思ってたのに!」
「大丈夫、言われても見せないから」
「お、鬼!」

 その後、幸いにも私が虐めに巻き込まれることは無かった。内心ではいつ何をされるかという恐怖が渦巻いていたので、来栖君には悪いが良かったといえば良かったのかもしれない。
 そして来栖君自身も、少なくとも私と一緒に居る間は、何かされるようなことはなくなった。
 だが、私が彼を中途半端に救おうとしたことによる皺寄せは、結局彼にやってきた。
 当の私自身がそれを知るのは、全てが終わった後だった。