複雑・ファジー小説
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.2 )
- 日時: 2013/02/27 11:13
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
物書きと言う人種には、変人が多い。どこか頭のネジがぶっ飛んでいないと他人をあっと驚かせるような作品は生み出せないということなのか、単にその人が変わっているだけなのか、とにかく変人が多い。
有名な作家ともなれば尚更のこと、変わっていないワケがない。これは酷い偏見かもしれないが、一応そのくらいの覚悟は携えて来たつもりだった。
「だけど、これ、変わってるってレベルじゃない……!」
「いきなり何を言い出すかと思えば果てしなく失礼なガキだな」
「だって、何でまだ生きてるんですか!?」
「多分そういうニュアンスで言ってるんじゃないのは判るが、傍から見るとお前今ぶん殴られても仕方ないくらい失礼なこと言ってるぞ」
苦しみを感じる間もなく死ぬことが出来る場合もあれば、何時間も苦しみぬいた末にようやく死ねる場合もある。その違いはあれど、首吊リ自殺は死ぬという一点において、飛ビ降リ自殺と並んで最も確実な方法だ。
かったーヤないふ等ヲ利用スル自傷ニヨル自殺の成功率は傷の深さによるが、多くの人の場合、無意識のうちに手加減して失敗する。
練炭ヤ毒がすナドヲ用イタ自殺は、ネット上やなんかで触れ込まれているほど確実でもなければ、楽にも死ねない。少なくとも気を失うまでの苦しみは想像を絶するものであり、失敗すれば脳に重大な障害をもたらす場合もある。
薬物ノ過剰摂取ニヨル自殺は、睡眠薬を一瓶分一気飲みしたところで本当に死ねるかどうかといったところだ。それに、その前に全部口から戻してしまうケースもあるらしい。まだビン本体を丸呑みして、窒息死を期待したほうが確率は高いのではないだろうか。
なぜ私がここまで詳しいのかというと、私も本気で自殺を考えたことがあるからだ。
どんな死に方が良いかと調べているうちに、友人の首吊り死体を実際に見てしまったという人の話を目にした。
曰く、目玉が飛び出し、排泄物を垂れ流し、見るに耐えない悲惨な有様だったという。まさに、先程私が目の当たりにした光景そのものだというのに。
「何で、首を吊ったのに死んでないんですか!?」
「そんなモン、こっちが聞きたいよ」
私の問いに、彼は頭を掻きながら言った。何かにほとほとうんざりしたような口調と表情だった。
「……あなた自身にも、わからないんですか?」
「一応、心当たりはあるんだけどね」
それから、ちょっと待ってて、と言うと彼は奥へと行ってしまった。彼は一分も経たずに戻ってくると、右手に包丁を握っていた。
包丁を、握っていた。
「……ギャーッ!?」
再び絶叫。
「やめて! 殺さないで! ころ……むぐっ」
彼が焦った様子で、手の平で私の口を塞ぐ。綺麗な顔が目と鼻の先まで接近して、少しどきりとする。
「バッカ、殺さねぇよ! てかあんまデカい声上げんな、斉藤さん怒らせるとメンドクセーんだから!」
そんなこと言ったって。腰が抜けて立ち上がれずもがいている私、私の口を押さえつけている男、男の右手にはきらりと光る包丁。どう見てもマジでKILLする5秒前である。略してMK5。
というかサイトーさんって誰だ。もしかして、さっき扉の向こうからやいやい言ってきたおじさんの名前か。
私がおとなしくなったと見ると、彼はゆっくり手を離した。口に新鮮な空気が入り込む、と言いたいところだけど、色んな要因でここに充満している空気は間違っても新鮮ではない。
「じゃあ、一体何を……」
私が最後まで言い終わるより早く、彼は包丁を思い切り振り上げた。ひっ、と短い悲鳴が私の口から洩れる。
そして包丁はそのまま振り下ろされた。
包丁は、彼自身の首を深く掻き切った。
彼の首の横から大量の血が噴き出して、あっという間に玄関の一角を綺麗な紅色に染めていく。
私は、声を上げることも出来なかった。
彼は一瞬白目を剥いた。彼の華奢な体が、血の流れと反対側に倒れる。
両目の瞳は半分まぶたの下に隠れてあらぬ方向を向いており、首からの血は止まらず、しまいには赤い泡まで涌いてきた。泡と多すぎる血液のせいで傷口の様子は詳しくは判らないが、少なくともそれが死に至る程度のものであることは簡単に見て取れた。
溢れる血液が彼のシャツと首元に巻かれた縄を伝って、玄関の石床に血だまりをつくる。血だまりはどんどんその面積を広げていく。
彼は横倒しになったまま、ぴくりとも動かない。とても判りやすく言えば、彼は死んだ。
それから彼は、床に両手をついて起き上がった。
彼は二回ほど咳き込むと、俗に言う女座りのまま私をじっと見つめる。私は私で、ワケが分からず呆然としていた。
それから彼は自分の手で、自分の傷口を拭う。まだ赤く汚れてはいるものの、流れ落ちる血は取り払われた。
「え……?」
その色白い肌に刻まれた傷が、無い。
靴箱は血飛沫がかかって一角が赤く染められているし、包丁も刃が血に濡れている。だというのに、その大元である彼の首の傷は消えていた。
「ひょんなことで、こんな感じの身体になっちゃってさ」
彼は、手で包丁を弄びながら話し出す。
今度はその包丁で、彼は自分の手首を切った。一筋赤い線が入るが、彼がそれを袖で拭うと、傷はどこにも無かった。
「だいたいの怪我はすぐに治っちゃう。死んでも生き返る」
彼は、自分の手の平にべっとりとついた血を舐めた。
「お陰で見た目こんなでもかれこれ400年くらい生きてるんだよ、俺」