複雑・ファジー小説

Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.4 )
日時: 2013/02/27 21:12
名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)




「……今年って何年でしたっけ」
「平成25年」
「西暦でお願いします」
「2013年」

 判ってはいたけれど一応確認。これでもまだだいぶ混乱しているのだ。
 つまり今から400年前というと、1600年代。1603年といえば、かの有名な徳川家康が江戸幕府を設立した年だ。……多分。

「……江戸時代初期から生きてるってコトですか?」
「俺がアンタぐらいの年頃のときは、まだ大御所様は生きてたから多分そんくらい」

 大御所とは家康の尊称であると、以前彼の著作の中に書かれていた。家康が神君と呼ばれるようになったのは死後からだ。
 彼の作品は全て、江戸時代初期から後期を題材としたものだ。
 彼のファンによる、彼に対する評価を思い出す。
 時代小説家・死本静樹トイエバ、今ヲトキメク有名ナ作家ダ。『マルデ実際ニ体験シタカノヨウニ』りありてぃ溢レル、ソレデ居テ残酷デ鮮烈ナ描写トすとーりーガ彼ノ作品ノ持チ味デアル。
 『マルデ実際ニ体験シタカノヨウニ。』

「じゃあ、あなたの作品に書かれているのは……」
「そうだよ、何も特別なことは書いてない。ただ俺が見てきた通りをそのまま書いただけ」

 『残酷デ鮮烈ナ描写トすとーりーガ彼ノ作品ノ持チ味デアル』。
 冗談や比喩ではなく、彼の作品には読者を情緒不安定にさせるほどの凄まじさがある。

「……壮絶な人生送ってるんですね」
「そう? 俺、歴史を忠実に書き記しているとか、そんな評価が貰えれば充分かなって思って始めたんだけど」

 その小説家も今日で廃業かな、って思ったけどね。私の目を見て、彼は言った。

「昔から小説家だったわけではないんですか?」
「死んだはずなのに生きてる、とかってなると色々面倒だろ? 自殺するの見つかる度に、仕事も名前も住む場所も変えてる」

 つまり、そのつどそのつどにそれまでの自分は死んだことにしているらしい。

「……自殺は今回が初めてじゃないんですか?」
「どうにも俺、自分に合った自殺方法を見つけないと何やっても死ねないらしくてさ」

 彼は私の目から視線を外して、どこか遠くを見つめながら言う。

「400年くらいずっと、色んな死に方試してる。今日は、首を吊る角度をちょっと変えてやってみたんだけど案の定失敗だったわ」
「……なんで、そんな……」
「そんなことよりさ」

 強引に話の流れを断ち切ると、彼はしかめっ面で私に向き直った。

「そろそろシャワー行ってきていい? いい加減、色々とキツい」 

 その後彼がシャワーへ行った後、私は自分も失禁していたことにようやく気付き、死ぬほどの恥ずかしさを堪えて、彼に洗濯機と乾燥機とバスルームを借りることにした。
 バスルームでシャワーを浴びながら、ゆっくりと頭の中を整理する。
 私は、自分の小説の参考にしたくて、彼——死本静樹に話を聞きに来た。
 そこで待ち受けていたものは、二十歳くらいの若い男の首吊り死体であり、他でもないそれが死本静樹本人だった。
 しかし、死本静樹は生きていた。本人曰く、400年前に『ヒョンナコトデ』何をやっても死ねない身体になってしまったのだという。
 以来400年間生き続け、自分が死ねる方法を探す傍ら、現在は小説家として生計を立てている。
 死のうとしている理由は不明。
 ——考えれば考えるほど、わけがわからないよ。というか、未だに信じられない。
 でも、目の前で彼が二度死んだのも、事実だ。現にこうやって返り血を洗い流しているのだし。
 そういえば、彼が宙ぶらりんのまま暴れているとき水滴が跳ねてきた気がするが、あれはまさか。

「ぎゃあっ! ばっち! ばっちぃ!」

 必死で肌をタオルでこする。肌が赤くなった。ヒリヒリして痛いです。
 バスルームから出て、身体を拭きながら考え事をする。
 もういっそ逆に考えてみてはいかがか。きっと他の何処を探したってこんな人間は居ない。小説を書くならば、これは絶好のネタとなり得るのではないか。
 正直、玄関開けたら二秒で死体は心臓止まるかと思ったけど、慣れれば……たぶん無理か。
 でも、逆に言えば、彼についていけば古今東西の自殺が見られる。日本は自殺の多い国といえど、その現場を実際に見る機会は極めて少ない。これは、貴重な経験を堪能するチャンスではなかろうか。
 そんなことを考えてたら、不意に脱衣所の扉が開いた。

「おい、服乾くまでの着替えここに置いておく……」
「……えっ」
「あ」

 数秒間、お互いに無言で見つめあう。
 私は今、風呂上りである。そんでもって、考え事に夢中で、着替えのことは完全に失念していた。つまり丸裸なのは言うまでもない。
 ようやく冷静になりかけてた頭が再度混乱する。脱衣所の鏡に映っていた自分の顔が見る見るうちに真っ赤に染まる。全身が細かく震える。オカーサンゴメンナサイワタシハモウオヨメニイケマセン。
 一方、彼のほうはというと。

 しばし私の胸元を見つめた後、ハンッ、とひとつ鼻で笑った。

「ドンマイ」

 それだけ言い残して、彼は脱衣所の扉を閉めた。
 そして私は、近くにあったドライヤーで鏡をぶん殴ってぶち割った。当然、ドライヤーもぶっ壊れた。



 この日の出来事をきっかけに、私は彼の部屋に入り浸るようになった。
 ただし語弊や誤解の無いよう言わせて貰えば、彼に好意を抱いたわけではない。むしろ大嫌いだ。脱衣所の件も、無いことも……無いけど、何より命を軽んじるその姿勢には嫌悪感を覚える。まるで、少し前までの自分を見ているようで。
 自分の手首を見る。傷自体は癒えたものの、その跡は未だに消えていない。



   ◇◆◇◆◇



 首吊リ、銃、薬物、自爆、自傷、焼身、感電、入水、飛ビ降リ、飛ビ出シ、有毒がす、自殺装置、安楽死。
 コノ世ニハ、古今東西、千差万別ノ自殺方法ガ溢レテオリマス。
 ソノ理由モマタ、星ノ数ホド。
 シカシコノ物語ノ主人公ハ、世ニモ珍シキ、四世紀ニモ渡ッテアリトアラユル自殺ヲ試シ続ケテキタ、若イ男デゴザイマス。



『死本静樹ノ素敵ナ死ニ方』、ゴ堪能アレ。