複雑・ファジー小説
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.5 )
- 日時: 2013/02/27 10:55
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
死んだほうが楽なんじゃないかって思うときがある。
でも、死ぬ勇気も、自分から現状を変えるほどの勇気もないので、今日は何事も無く過ごせますようにと祈りながら学校へ行く。
そして上靴を引き裂かれ、教科書を捨てられ、トイレで頭の上から水をぶっ掛けられ、財布の中身を取り上げられ、顔は目立つので腹を殴られ、蹴られ、携帯のカメラで撮られている前で脱がされて、××××させられて、笑いものにされ、何事も無かったかのように家へ帰るのだ。
◇◆◇◆◇
第一章【轢死】
(轢死《レキシ》トハ、車ヤ電車ナドノ通行ニ巻キ込マレテ死ヌコトデアル。此レニヨル主ナ死因ハ打撲ヤ圧搾デアルガ、肉体組織ノ破片ガ車両ニ付着シタリ周囲ニ散乱スルコトモ多ク、死体ノ破損状態ハ凄惨ヲ究メル)
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「もう死んだほうが楽な気がしてきた」
「もう既に目は死んでるよメグ」
机を挟んで向かい合っている彼女に、真顔で言われたので真顔で返す。
真剣な表情とは裏腹にその瞳は絶望色の闇が広がっており、もうやだおうち帰りたいと切実に訴えかけてきていた。
「世の中のテストと呼ばれる類は全部滅べばいいのに! 競い合って勝った負けたなんてやったって誰も幸せになれないよ!」
「人間として成長は出来ると思うよ?」
「人間皆最後は死んで千の風になってあの大きな空を吹き渡るんだから勉強なんて意味ナイナイナイナイ!」
「そういうコトは倫理の赤点脱却してから言いましょうネー」
「そういう澪はどうなんだよ!」
「だって毎日予習と復習やってるもん」
「裏切り者!」
「思わぬ濡れ衣だよ!」
メグ、岸本恵(キシモトメグミ)は奇声を上げて両手を上げ、それから勢い良く私の机に突っ伏した。まるで泣き上戸の酔っ払いのように、彼女は延々と盛大に嘆き続ける。
最初は周囲の視線が痛かったけれど、試験が近づくたびにこれは繰り返されるので、周りも私も既に慣れたものである。
メグはこうして度々、私にノートを見せてもらったり、勉強を教えて貰いに来る。本人は気付いていないようだけど、頬にプリントされた落書きによって、彼女がまともに授業を受けていないのは簡単に察せた。おおかた今日は一通りホモォな絵を描いて満足してからずっと寝てたな。
学校のテストなんて、授業さえ真面目に聞いていれば点数取れると思うのだけど。ここは進学校でもないし。
「ちゃんと授業聞いとけば……」
「実は母上が重い病で介護が云々」
「昨日メグが電話してきたとき中年女性の元気そうな声が通話越しに聞こえてきたんだけど」
「アレはウチのメイドさんの声で云々」
「じゃあメグが介護する必要無いよね?」
「謀ったな貴様ッ!」
「次言われても絶対ノート見せないからね」
「死本静樹センセイのマンションの部屋教えてやった恩を忘れたか!」
「そっちから言ってきたんじゃん……」
そもそも、それの所為で私は散々な目に遭ったのだし。あの一件以降、彼の部屋に入り浸っているのも事実だが。入り浸っていることは、メグには話していない。
うら若き女の子が独身男性の部屋に通い詰めているなど、どう転んでも勘違いされるに決まっていた。特にこの子の場合は。
「そんで、どうだったの?」
メグは身を乗り出して聞いて来た。
「何がよ」
彼女の、目が爛々と輝いている笑みに若干たじろぎつつも聞き返す。
「生(ナマ)死本センセイ」
彼女はずずいと、更に私に詰め寄った。
「どうって……」
彼女も死本静樹のファンだ。こうして仲良くしているのも、きっかけは死本静樹の作品の話で意気投合したからである。
あの日本当は彼女も来るはずだったのだが、数学の早川に補習で呼び出されて行けなくなったと涙ながらに電話してきた。泣くことはなかろうに。
むしろ、彼女は運が良かったのかもしれない。失禁もせず、裸も見られず済んだのだから。
そして、人間が自殺する有様を見ずに済んだのだから。それも二度。
「……変ってレベルじゃなかった」
「マジで!?」
メグは目を輝かせた。彼女も大概変だけど、死本静樹は度を越している。
「今度は私も絶対行くからね!?」
「あ、多分やめといた方がいいと思うよ」
慌てて、引きとめようと言葉をかける。
「なんでや!」
「……執筆とか忙しいみたいだし」
自殺現場を目撃することになるかもしれないからとか、本人がそれでも死ねないクリーチャーだからとか、事実を言うのはよしておいた。
先ず私が妄想が激しいおトシゴロな女のコ☆に見られるのが嫌だったし、それに私は、彼が不老不死であるということを誰にも言わない約束で、彼の部屋に毎度お邪魔させていただいている。
「そっか、なら暇な日聞いておいてよ。教えてくれればあたしも行くから」
あくまで付いてくる気のようだ。
「でも、だったらあまり話とか出来てない感じなの?」
「まあ、うん」
忙しいから話が出来ないというのは嘘である。彼はかなりの速筆であり、仕事が立て込んだりすることは先ず無いらしい。だから結構私は、自分で書いたもの……小説や詩を見てもらったりしている。
問題は、その彼が『仕事ヲシテイナイトキハ何ヲシテイルカ』であって。
「そっか、残念だね」
彼女は仰け反って、椅子の背もたれに寄りかかった。
「何が?」
「澪、前に『周リニ小説ヲ書イテル人ガイナクテ、ソウイウ話ガ中々デキナイ』って言ってたからさ」
そういう話が出来る人が増えたら良かったのにね、と、おそらくそう言いたいのだろう。
確かに、身近にそういうつながりを持てたのは良かったかもしれない。さらに言えば、相手は曲がりなりにもプロの、それも人気な小説家だ。
もっとも、彼は『競イ合ウ相手』と言うよりは『目標トスベキ人物』に近いのだが。
小説家としてはともかく、人間的には目標にしたくないけど。脱衣所の件は今でも根に持っている。
「そういえば……あ、いや、ごめん、なんでもない」
メグが言いかけて、やめる。彼女にしては珍しいことだった。
「気になるから言ってよ」
私の追及に、彼女は少し困ったような顔を見せた。
「いや、あのね?」
これも彼女にしては珍しく、潜めた声だった。
「来栖君、居るでしょ? 来栖君も小説書いてたって、去年彼と同じクラスだった友達に聞いたからさ」
私は、そうなの、と適当に相槌を打つ。
来栖君とは、私のクラスでいじめられている男子生徒の名だ。