複雑・ファジー小説
- 第9話 神、とは ( No.10 )
- 日時: 2013/03/21 17:24
- 名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)
創造神は、人間(おれたち)の尺度では、測れない——?
その言葉に眉をひそめると、彼女はどこか嘲りを含むようにも錯覚する笑みのまま流暢に話し始める。
「ま、神様の領域なんて一生知ることのないモノだし、わかんないのも仕方ないけどね——あたしは、創造神は。
今まで数多の"災厄"を屠ってきたんだ」
——"災厄"。
災禍、奇禍、禍殃(かおう)、災患、禍難、兇変(きょうへん)などとも表されるそれは、曰く『在るだけで世界を壊しかねない存在』で。彼女はそれらを、いくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつも屠ってきた、と。
「やっぱりどの世界——まあ次元つった方が正確なんだけど、論点はそこじゃない——でも、そういうのは生まれるみたいなんだよね。生まれただけで周囲に不幸を撒き散らすというか、そこにいるということが既に間違いというか。存在するということそれ自体が許されざる事象、そんなモノがね。
で、そいつらは野放しにしておくと、やがてこの世界を——あたしが創ったこの世界を、完膚無きまでに破壊し始める」
そう告げたときの彼女は、その紫の瞳の中に憂いを浮かべていた。ただそれも、気付いた瞬間には綺麗に覆い隠されてしまう。
「許すわけにはいかないだろ? この世界を創り、人間と死神と神々を創造した時点で『統治は彼らの手で』と決めたけど、それは別だ。あれだけは誰の手にも負えない。だからあたしが殺す。殺すしかなかったんだ。そしてこれからも殺すしかないんだ。そうでなければ、世界すらも崩壊してしまう。そしたら、いかなあたしでも再構築は不可能だ」
どこか言い訳じみたその言葉。彼女のその"災厄"への罪悪すら背筋に感じる、自責をも篭った言葉。だがそれも、それすらも。彼女は——俺の妹は、へらっとした薄い笑みで、何も無かったように隠してしまう。
ずっと、そうだった。
「——だからね。それを相手に今もこうして生きているということそれ自体が、あたしの強さの証明なんだ」
途端。
「「「「ッ!!」」」」
轟ッ!! と闘気が満ちる。閉じられたこの白い部屋の中で、たった一人の少女の闘気が、紫色の幻覚すら見るほどの量と濃度を以って席巻する。その事実は、俺に彼女こそ創造神であるという事実を認識させるには——否、本能が瞬きすら許さずに学習するには強烈すぎる事象だった。
背筋をつぅ、と冷や汗が伝う。体が見えない鎖でがんじがらめにされたように微動だにできない。どころか視線一つまともに動かせない。あまりにも過ぎる圧倒的な恐怖に、逃げることよりも先に狙われないことが大事だと言わんばかりに、本能がそれを感知することを拒否していく。思考回路がこの圧迫感すら生じさせるプレッシャーから逃れることだけに使われ、その回転も最高速度に達した頃——
「そろそろわかってくれたかな? つってもま、5秒くらいの間だったけどさ」
「……っ、」
さっきのがまるで嘘だったかのように闘気が消え去る。5秒——たったそれだけの時間感じたモノは、未だかつて無いほど気力を削いだ。どっと詰めていた息を吐き、ばふっとソファにもたれこむ。
「おいエル……冗談じゃねぇぞ、心臓に悪いだろうが」
ショウががしがしと黒髪をかきつつ嘆息する。解放された直後そうやって口を開けるだけマシだろう。疲れきった俺たち(マリアさんなんて俺の隣にぐでぇと倒れこんでいる)に反し、エルは先ほどの気配を微塵も見せずにけらけらと笑い、
「ごめんごめん。口ではなんだかんだ言っても、わかってもらうにはこれが一番だと思ってね。わかってくれた? 光兄」
そう笑んだ表情は、紛れも無く俺の妹のもので。俺は諦め混じりの苦笑で、「わかったよ」と呟くのだった。