複雑・ファジー小説

第10話 刀の光 ( No.11 )
日時: 2013/03/22 16:34
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

 コンコン
「エル様、"刀"をお持ちしました」
 その時、ドアをノックする音と落ち着いた声が部屋に響いた。先ほどの、驚くほど大人びた青年の声だ。
「ん、ありがと。入っていいよ」
 音も立てず静かに部屋に入ってきた青年は、その手に紫色の布に包まれた細長いものを大事そうに抱えていた。刀、とエルは言っていたが。
 青年はつかつかとソファを横切り、エルへと恭しく手の中の包みを差し出した。その従順かつ慇懃そのものな姿は、まるで彼女に仕える執事そのもの。それに対し、エルは友人と接するかのような気軽さである。主従関係というには、少し奇妙な二人の態度。
「アイルに持ってきてもらったのはね、<神刀・紅蝶蘭(シントウ・コチョウラン)>っていう刀なの。あたしがじきじきに鍛え上げた、世の鍛冶師顔負けの『炎に長ける』刀——」
 謳うように告げる彼女は布をさらりと解いた。そこには、柄頭に鮮烈な光を放つルビーをあしらった白い柄に、汚れ一つ見当たらない金鍔、そして漆塗りの漆黒の鞘に包まれた刀が在った。
 一目見た瞬間に、剣士としての本能が息を呑んだ。おそらくはこの世に二つと無い業物、刀の道を歩むものならば垂涎モノの一品。それが、こんな近くに。
「これは光兄のものだ。死神としての君にあたしが授ける、ささやかな贈り物だ。……受け取ってくれるかな」
 こんなもので悪いけど、とでも言いたげなエルの瞳。差し出されたそれを、俺は呆然としながらも手に掴む。こんなものとは謙遜もいいところだ。こんな業物、お目にかかることなんて今までの生活なら絶対に有り得なかった。
 掴み、そして、立ち上がる。自然な動作で腰に携え、かちり、と鍔をずらす。——刀身が滑り、その白刃が光のもとに晒される。
「……っ、おいエル、"ささやかな"なんてもんじゃねぇ……大層なもの贈ってくれたじゃねぇかよ」
 眩い光を放つ銀色の刀身は、柄頭の紅とあいまって人斬りに使われるものには不釣合いな美しさを虚空に描いた。ショウがソファの背後で「……ほぉ」と息をつくのにも構わず、俺は軽く刀を振る。残光は風切り音と共にまじまじと見つめる俺の瞳を灼くようだった。
「そうかい、喜んでくれたようで何よりだよ。光兄なら、それを使いこなせると思ったんだ」
 にっこりと笑む顔に朱が差す。そして、と次いで彼女は相変わらず傍らに佇む青年を手で示した。
「彼はアイル・リローラ。聖五位に近い実力を持つ、高位死神兼あたし直属の部下だよ。光兄と同じ、18歳っ」
「嘘っ!? 18っ!?」
 気の済むまで刀を眺めた俺が刀身を鞘にしまい、エルから受け取った布で包んでいると、割と衝撃的なことが聞こえて思わず顔を上げてしまった。18歳。
 失礼なほどじろじろと顔を眺めても、その落ち着ききった表情は到底18には見えなかった。顔立ちの問題ではない、雰囲気の問題である。顔立ちはまだ幼さを残しているが、その大人びすぎている彼の"空気"がそれを見事なまでに覆い隠している。これは、早熟がゆえに大人の世界を知りすぎてしまい子供であることを放棄せざるを得なくなった、そんな顔だ。
 藍の瞳は、それを象徴するかのように毅然とした色を秘めていた。
「年齢も同じだし仲良くしてやってね、光兄♪」
「よろしくお願いします」
 同年齢である俺にさえもそう丁重に腰を折るあたり、仲良くできるか少し不安に思う俺だった。