複雑・ファジー小説

第12話 かく在れ ( No.13 )
日時: 2013/04/09 19:44
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

 魔術とは、"こういうもの"であると。
 告げた彼女の掌の下で、得体の知れない"渦"が逆巻いた。
「ッ……!!」
「魔術とは、本来、魔力の流れを己が身のみを以って制御し、意のままに操ることを目的として創られた技術——だからこそそこにはリスクも存在するし、魔力を"現象"として顕現させるには、相応の資質や知識が必要になる——」
 レオのその声は今や部屋中にまで広がりつつある魔力の流れに乗って朗々と響いた。部屋中に広がり、満ちる、不可視の流れ。視線の先では、渦巻いた魔力が次々と形を成していた。それは時に燃え盛る炎になり、凍てつく氷になり、轟く雷(いかずち)になり、揺らめく鎌鼬になった。変幻自在に形を変えていくそれは、だがその根幹はいずれも"魔力"だった。
「魔力とはね。もともとは意志も思想も実体も無い、ただ漂うだけの存在なの。けれどそこに"意味"を与えることで、それらは存在し得るための"形"を作る。——その行為そのものが、魔術と呼ばれるのよ」
 炎で在れ。そう意味を与えれば、魔力はそのように己の形を変える。だが、そう命令することに、一体どれだけの技量が要るか。
 彼女は「己が身のみを以って制御するとはつまり、本来かく在るべき流れを自分の好きなように捻じ曲げること」だと告げた。本来形などとらぬものに意味を与え、無理矢理形を作らせるという行為は、言葉で表せばそれまで。だが、想像を絶するほどの集中と技量、そしてセンスがいるのだろう。それを変幻自在思うがままに実現してみせる目の前の少女は、その華奢な体躯に似合わずとてつもない能力を秘めていた。
 改めて息を呑んだ、その時。
「だっかっらっ、酒ばっか飲んでないで早く戻ってこいっつぅのッッ!! もう仕事終わったろーがッ、いつまで人間界(そっち)で飲んだくれてんだてめーはアル中の親父かコラァッ!!」
「!?」
 今までぼそぼそと喋っていたらしきエルが、突然手元の携帯に怒声をあげたのだ。彼女の傍らのアイルをはじめ、俺以外の全員はほとんど動じていないようだが……目を白黒させながらそちらを見やると、尚もエルは携帯に向けて大音量で怒鳴っていた。レオが集中をやめたらしく、部屋の中を循環していた魔力の流れも止んでいた。
「……あぁん? いやだから仕事、次の仕事。早く戻って来いやこの飲んだくれが。……あー報告は後回しでいい。それより先にやって欲しいことがある、っていい歳した野郎が喚くな阿呆! 仕事しろ仕事!」
 そう最後にまくしたてると、彼女は携帯をパチンと閉じた。そのまま呆然と様子を窺っていると、エルは嘆息したのちに「来るよ」と呟いた。
 ——その瞬間、エルの机の前で強烈なフラッシュが俺の目を灼いた。