複雑・ファジー小説

第14話 歴史とは行為の積み重ねである ( No.15 )
日時: 2013/06/01 23:02
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

「全く、いつまでもシスコンなんだからこの馬鹿兄貴、阿呆兄貴」
「いてて。言い忘れていたが光、僕の妹をとるのならば相応の報いというものを覚悟しておきたまえ」
「凄く今更なセリフだし、あんまり決まってないわよねぇ〜」
 マリアさん、口調はほんわかだが言ってることは痛い。俺の自己紹介が終わり、仕切りなおしといったところである。そこで、「ぱんぱん」とクラップ音。
「はいはい、茶番は終わりにしてだね。さっさとお仕事をしてくれないかな、ツ・バ・キ・く・ん?」
 ぎろり、とエルが睨みを利かせると、さしものツバキも汗ジトで咳払いをした。どうやらうちの妹、本当にコイツらのトップらしい。今更実感が湧いてきたが、誰だってそうだろう。その日の朝まで一緒に食卓に並んで「チャンネル変えろ」「星座占い見るからダメ」みたいな会話を寝ぼけながらしていた妹が、創造神だなんて聞かされた日には誰だって夢だと思う。
「歴史、だったかね? どこから話せばいいのだ?」
「んー、普通に。伝わってる通り」
「なら君が説明したほうが早いし正確なのでは……それでは僕も仕事をするとしよう」
 再びぎろり。エルの刺々しい言葉が出てくる前に、ツバキは口を開いた。どうでもいいけど、うちの妹ツバキにだけ妙に厳しくないか。
 ……要約すると、この世界の歴史はこういうものらしい。

 かつて、ルルージュという、創造神がいた。
 彼女は統べる神である父の統治が気に入らなかった。人間達はやりたい放題、世界の環境は荒れたい放題。そんな堕落した世界を前にしても父神は決して自ら改革しようとはせず、ルルージュはそれを非常に不満に思っていた。
 ——私はこんな、堕落しきった世界を治めなければならないのだろうか。父上がもし人々に救いを与えていたのならば、ここまで堕ちはしなかっただろう。なのに、何故。
 そう思った彼女は、その身に宿る力を用い、新たな世界——否、"次元"を創った。
 次元とは、複数の世界を内包するいわば大宇宙。それら三つの世界は特殊な方法で行き来が可能であるがゆえに、相互に干渉しあい、堕落や崩壊を抑えようとする働きを持っていた。
 一つ、人間たちが住まう世界、人間界(ミズガルズ)。
 二つ、死神たちが住まう世界、死神界(ヘルヘイム)。
 三つ、神々たちが住まう世界、神界(アースガルド)。
 だが、それらを創った彼女も、代償無しというわけにはいかなかった。三つの世界を内包する一つの次元——その代償は、彼女自身の限りなき生だった。創造神としての不老不死を失い、彼女は転生を余儀なくされた。
 それでも彼女は、転生を繰り返し、人知れずこの三世界を見守ってきた。絶えず死神の女王として君臨し、ある時現れる強大なる災厄へと抗し得る唯一の切り札となり。姿を変え名を変え人格を変え、数多の姿へと身を移しても、その底に秘めた思いは、人々を世界を守り導くという決意は、今も変わらず彼女の胸に在る——。

「とまぁ、こんな感じだ。何か不足はないかね? エル」
「ん……まぁ、76点ってとこかな。上出来」
 ぐっ、と親指を立てるエル。確かに彼の説明は要領を押さえておりわかりやすかった。まあ、覚えていられるかとはまた別の問題なのだが。次いで、彼女は机からぴょんと飛び降りてにっこり笑った。
「さて、それじゃー皆さんお待ちかねっ! 光兄の実力プレテストー!」
 え。実力プレテスト。とは。全くもって予想していなかった展開に、背筋を冷や汗が伝い、顔面が引きつる。何するつもりだコイツ。
「んもう、何呆けてるのーっ。ここらでいっぺん、光兄がどれくらいの実力なのかみとかないと! ほら、定番でしょ?」
 何が定番だ。何の定番だ。「は、はぁ?」と事態が飲み込めない状態で戸惑っていると、今度はぐいぐいと左手を引っ張られる。ああなんかこんなのちっさい頃にされたなぁなんて逃避したかったが、エルが引っ張る力がそれを許してくれない。助けを求めてレオやショウを見やっても、「諦めろ」と目線で送ってくるばかり。なんだこの詰みっぷり、っつーか痛ぇ痛ぇよ痛ぇってばマイシスター!
「って引っ張りすぎだお前ッ! だぁあもうわかったよやればいいんだろやればっ」
「その通りっ。さあ皆で訓練場へれっつごー!」
 連行される、俺だった。