複雑・ファジー小説

第15話 「男が廃る」 ( No.16 )
日時: 2013/06/08 17:01
名前: 聖木澄子 (ID: qlgcjWKG)

「というわけでぇ——光兄のプレテストのお相手は、我が股肱の腹心アイルくんでーっす! 一応ド素人だし手加減はしてやってねっ」
 訓練場。宮殿の隣にある、エルの執務室同じく白色で彩られた普通にグラウンド二つ分くらいはあるんじゃないかと思しき広大な建物内。入って早々、マイシスターはそんなことをのたまった。うん、まあ、正直言うとコイツの性格からしてなんとなく予想はしてた。
 他にも何名かが自己を研鑽すべく鍛錬している中で、俺は青年、アイル・リローラと向かい合っていた。
 その佇まいは静。己の身の丈以上もある巨大な刀のようなものを片手に、相当な重量があるだろうに涼しい顔でこちらを見据えている。
「ああちなみに、光兄は初見だろうし解説解説。——アイルの武器は龍頭大刹刀(りゅうとうだいさつとう)の<羅刹(ラセツ)>。中国の武器で、全長は190センチってとこかな。それだけの大きさだ、勿論重量も半端無い。けど、それを扱いきる強者が彼だ。光兄も、おちおちしてると腕の一本は奪(と)られるよ?」
 言葉と共に、にこにこがにやにやへ。おいおいマイシスター、それは冗談になってないですよと心の中で呟く。
 だが反対に、それに高揚している自分もいた。一応これでも、それなりの修羅場は潜ってきた身。そこらの高校生と同じにされてはたまらない。エルはああ言ったが、パッと見あれを自由自在に扱うにはアイルはどう見ても細すぎる。服の上からでも鍛えているのは分かるのだが、その体躯でその重量を御しきれるかと問われれば応とはいえまい。振り回されるのは彼の体のほう、俺の刀のほうがおそらく小回りも制御も利く、付け入るのならばその隙だ——。
 心中で目算をつけ、刀を抜き放って鞘をエルの傍らのレオへ放る。足元にあっても邪魔なだけだ。構え、いつでも動き出せるように腰を落とす。
「先手は、譲るぜ」
 のちのち思えばこのとき、その自覚はなかったものの彼を無意識のうちに侮っていたのかもしれない。永久を生き数多を退ける創造神をして"強者"と言わしめた実力が、たかが武器一つの重みで振り回されるほどのものとの目算、浅慮としかいいようがなかった。言葉を受け、銀髪の青年がこくりと頷く。
「それでは、俺から行かせていただきましょう」
 ——動。認識できた瞬間には、既に彼の体は目の前にまで迫っていた。だが体に染み付いた構えだけは——意志は追いついてこなくとも——その一撃に従順に対応し甲高い金属音を響かせた。そしてそれに追いつくように、腕から脊髄まで一直線に通じる衝撃がやってくる。
「お、もッ——……!?」
 腕が痺れるなんてものではない。己が丈よりも大きな武器を片手で軽々と扱い、アイルは俺へと思い切り斬り付けたのだ。いや、エルの言いつけ通り手加減はしたのだろうが、それでもこの威力。腕が木っ端微塵に弾けそうになる重みに、ぎりぎりと関節が軋む。受け止めた、なんてレオの驚いた声も必死に手足を動かす脳髄には届かない。
 それでも残る力を一滴残らず振り絞り、先ほどの高揚なんてどこへやら冷や汗をかきつつ振り払う。その力に逆らわず、彼はバックステップで距離をとった。その姿に一合の斬りあいによる乱れは全く見えない。対して俺はどうだ。
 腕には未だ痺れが残り、動かすのもかろうじてといった状態。次あの斬撃をまともに受ければ数日は使い物にならなくなる。いかにして受けず、流し、その間隙に一撃を叩き込むか。それが、勝敗の分かれ目だった。
「へーきかい、光兄。なんならやめてもいいよう?」
 レオたちと並び完全に傍観者となっていた妹の言葉。見ずともわかる。今あいつは絶対、にやぁと俺譲りの笑みを浮かべているに違いない。
「おいおいマイシスター、そんなあからさまな挑発に乗るわけ——あるだろうがこの野郎。俺をなんだと思ってんだ、お前の兄だぞ?」
 目線だけはアイルに投じたまま。声だけでそう返し、口元に笑みを浮かべる。ああそうだ、俺はあいつの、創造神の兄。
「誰より負けず嫌いのお前の兄が。途中で勝負を投げるわけ、ないだろ」
 たとえ勝ち目などなくとも。ここで諦めれれば兄が、何より男が廃る。口に笑みを貼り付け、俺は床を蹴っ飛ばし大刀の剣士に突撃した。