複雑・ファジー小説

第16話 スローモーション ( No.17 )
日時: 2013/07/22 15:35
名前: 聖木澄子 (ID: qlgcjWKG)

 かたや、龍をあしらった大刀を地に立て、冷静な面持ちで隙無く佇む青年。——あたしの股肱の腹心。
 かたや、一般人にしてはだいぶ構えがサマになっている、切り込む機を油断無く窺う青年。——あたしの実の兄。
 その二人の戦いは、なかなか見応えのあるものになるだろうとあたしは考えていた。スペックだけを鑑みれば、かたや戦闘のプロかたやただの一般人で明らか光兄の方が分が悪いのだが、そういうこととはまた別の見応えである。実力の伯仲した者同士の戦いは手に汗握るものがあるが、磨けば確実に眩い光を放つであろう原石の初戦というのもなかなか面白い。何より、その原石の見せる片鱗が素晴らしければ素晴らしいだけ、後々に期待が持てる。その点、光兄はまさに文句なし、きちんと鍛え上げれば聖五位にまで匹敵する可能性を秘めていた。
「らぁあああッッ!!」
 雄叫びを上げつつ、光兄が地を蹴り駆け出す。その足取りはまだ慣れきっていない刀のせいで若干おぼつかないが、先ほどまで非日常とは無縁だった人間にしては大したものだろう。切りかかる。
 キィンッ
「ッ、!!」
 先ほどよりは軽めの金属音。どうやらフェイクらしい、切りあいは無駄だと悟ったか光兄は大刀を操る本体——即ちアイル本人を崩すことに行動をシフトしたようだった。うむ、その切り替えの速さや一手段に固執しないところは大変素晴らしい。切りかかりざますぐ刀を引き、しゃがんで足払いをかける。が、一瞬先に動きを察知しその場で跳躍したアイルにより避けられる。そこまで織り込み済みといわんばかりに今度は下からの蹴り上げ。逆立ちの要領でアイルへと突き出された光兄のしなやかなキックは大刀によって阻まれたが、いかんせん空中なだけあって勢いは殺しきれなかったらしい。アイル、若干浮いたあと後方に着地。——可能性アリとは言ったが、にしても"戦闘"に慣れすぎじゃないか、光兄……?
「なかなか、やりますね。光様」
「まあ、色々あってな。っていうかその様っていうのやめてくれ。同い年だろ? 様付けはどうもむず痒くてかなわねぇ」
 体制を再び整え、あたしの疑問を口に出したアイル。はぐらかすように光兄はがしがしと無造作に頭を掻き、そう答えた。……色々、ねぇ。
 実の妹とはいえ、あたしも光兄のしてきたこと全てを知っているわけではない。せいぜいあの時——三年前、彼の放っておけば死にかねないような表情から『人様にはいえないようなこと』だろうと感じたくらいだ。その気になれば創造神、世界を捻じ曲げることすらできる存在だ、一個人の過去を探るくらいどうってことはない。だがそれは"人"として在るには不要な行動だったから、あたしは今までそんなことはしたことがなかった。それは光兄に対しても同様であり、何より本人が話したがらないことを探るなんてことは兄に対する侮辱にもほどがある。
 少しの思案の後、アイルは口を開いた。どこかぎこちなく、こくりと頷く。
「……、そう、ですか。そう仰るのでしたら、これからは光、と呼ばせていただきます」
「おう、助かる。さてじゃあ、次の先手はアイル、お前に譲るぜ?」
 からからと屈託無く笑う光兄だが、その目は油断なさげな光を放っている。強い者を相手にしても引け腰にならないその肝の太さも、あたし的には高得点である。
 戦闘において大事なもの。それは、技量より何より、ハッタリをかませるだけの演技である。どんな剣技も魔術も、人が作ったものである以上必ず"抜け道"というのは存在する。それをいかに押し包みひた隠し、例え見破られたとしても『まだ自分には隠し玉があるんだぞ』という態度をとることで相手の戦意を削ぎ自分の勝機を作り出す。それができるか——それが戦闘におけるプロの一つの条件だ。
 そういう面に立ってみると、光兄は将来有望としかいいようがない。あの度胸は賞賛に値する。
 内心のあたしの賛辞も二人はいざしらず、アイルは「それではお言葉に甘えて」と羅刹を構える。ただ彼が構えただけなのに、ずん、とその大刀の質量が何倍にも膨れ上がったかのような錯覚を覚えた。光兄もそれは例外ではなかったらしく、いったん笑みを引っ込め、神妙な面持ちで体制を整える。
 いきます——と。銀髪の青年が呟いたときにはもう既に元いた位置から掻き消え、光兄へと迫っていた。刃が空を裂く悲鳴じみた音。そしてそれを、若干体勢を崩しかけながらも半歩斜め前に踏み出すことで回避した光兄。驚愕するアイル。光兄——歯を食いしばりながらも体勢を無理矢理持ち直させ、刀を彼の首にむけ一閃させる。アイル——歴戦の戦士としての本能が命の危機を察したか、今までの斬撃が霞んで見えるほどのスピードで大刀を振りぬく。兄が目を見開き硬直する。迫る刃。ここだけスローモーションになったかのように流れる一連のやり取り。
 遅くなった時の流れを引き戻すかのように。あたしは地を蹴り、二人の時間に介入した。