複雑・ファジー小説
- 第17話 馬鹿妹 ( No.18 )
- 日時: 2013/08/02 17:50
- 名前: 聖木澄子 (ID: qlgcjWKG)
きん、と。
彼女が介入した時に生じた音。それは、たったそれだけの、小さな金属音だけだった。
「——ッ、……ぁ!?」「エ、ル——さま?」
俺とアイル。今まさにアイルの刃が俺の首を掻っ攫おうとしたその瞬間、彼女はその隙間に大きな鎌の先端を滑り込ませていた。金属音は大刀と大鎌が触れ合った際の音で、鎌と俺の首との間にはほとんど無いといってもいいような隙間しか存在しなかった。——戦闘の高揚でつい忘れていた危機感という奴が、今更になって悪寒を運んでくる。
「やりすぎだよ、アイル」
にこりと笑い、大鎌を危なげなくひょいと持ち上げるエル。そうすることでつかの間静止した時間が再び流れ出し、アイルも刃をどこか居心地悪そうに引っ込め、俺も彼の首筋へと放ったまま中途半端な位置で止まっていた刀をおそるおそる下ろした。ギャラリーのほうからはほっと息を吐く気配がした。
「光さ——光、申し訳ありません。つい、反射で……うっかり」
歯切れの悪い謝罪の言葉。俺は知らず力んでいた体からゆっくりと力を抜き、「いいよ」と短く答える。
「首を狙ったのは俺もだしな。お互い様だよ。それにしてもエル、お前よく動けたな……いや、感謝してるけど」
「誰だと思ってんの、エルさまだよ? いやぁでも流石にたまげたねー。アイルが反射で動かざるを得ないくらい、光兄に力があるなんて」
褒め言葉、だろう。いや、とかぶりを振り、レオに預けていた鞘を受け取って刀身を収めつつ苦笑する。
「ただの偶然だ、あんなの。たまたまああやって首を狙えただけで、再戦すれば確実に負けるっつーの」
そう。あれはしょせん、ただのプレテストだ。アイルが初めから殺す気であれば、今頃俺の首ないしは四肢のどれかは確実に切り離されているはずである。彼がそうするだけの機会などいくらでもあった——そうしなかったのは、ひとえに彼がエルの命令を忠実に守っていたからだ。そんな実力者ですら、まだ"高位"。その上を行くものがこの場には五人もいる。手っ取り早い話、ここで俺が一つでも粗相をしでかせば、いつだって首を飛ばせるということだ。
……今更だけど俺、結構ヤバい世界に踏み入れちゃったんじゃね?
物凄く今更のように自覚し微妙な顔をする俺。それを見、内心を悟ったかレオがくすりと笑う。
「心配しなくても、誰も貴方の首を落とそうなんて考えてないわよ」
「いや、そういうけどよ……お前らにとっちゃ俺は、会って数時間も経ってない余所者だろ? そんなに簡単に警戒をといていいもんなのか?」
「余所者じゃないわ、もうれっきとした仲間よ。それに、エルがあんなに打ち解けた顔で話すのよ、疑うわけないじゃない」
「……なるほど」
言われてみれば、そうだった。
エル——薫は昔から、鼻の利く少女だった。ファーストコンタクトでほぼ確実に相手の"危険性"を看破してしまう。この場合の"危険性"とは、相手が自分の敵に回る可能性があるか、回ったとしても脅威になりうるかどうか、ということだ。彼女が良い反応を示さなかった相手は——だからこそ、という逆説も無きにしも非ずではあるが——、俺の知る限りでは全て彼女の敵となった。無論、この時点では彼女が創造神であるということは知るよしもないため、社会的な敵、に限られるが。そして例外無く、哀れ気性の激しい妹の敵となった人間は屈服させられるか徹底して潰されるか和平を飲まざるをえない事態へと追い込まれた。俺の妹を敵に回したのが運のツキ、ということである。……"気に喰わないから潰したんじゃないか"って? それは無い。彼女は激昂しているようでいて周りはちゃんと見ている、薫が再起不能に追い込んだ輩は全員周りの人間に迷惑をかけていた。己の感情のみで動くようなタマでは絶対に無い。
「あっそうだ、光兄!」
と、俺の回想を破ったのは当の妹だった。割とヴァイオレンスなことも平気でやってのける妹——そこだけは兄として似てほしくはなかった、というのは余談である——だが、平常時は年相応の表情だ。「なんだ?」と返すと、彼女は定番といわんばかりに舌をぺろっと出しウィンクしてからの頭をこつん。
「儀式先にやろうと思ってたんだけど忘れてた。ごめんねてへぺろ☆」
——あざとい、流石あざとい。まあ、俺としては儀式とやらが前後しても別に構わないのだが、……なんかちょっとイラッとしたので。
ごつんッ!!
「〜〜〜〜〜〜っったぁッ!?」
「しっかりしろ、馬鹿妹」
嘆息しつつ、硬い拳骨を脳天に一つ。悶えるエルを尻目に、死神たちは微笑ましげにその光景を眺めていた。