複雑・ファジー小説

第18話 歯車は廻り始めた ( No.19 )
日時: 2013/09/21 14:00
名前: 聖木澄子 (ID: EwVeSaUz)

「マジさーせんっした。完全に忘れてました。……その、観戦に夢中で」
「マイホームかこの野郎。観戦にのめりこみすぎて宿題の存在忘れてて翌日ひぃひぃ言ってんのは誰だったかなあなあ妹よ」
「それは光兄もでしょ!」
「俺はいいんだよ、もう諦めてるから」
「諦めたらそこで試合終了だよ受験生!?」
 ところかわって、エルの執務室。そんな茶番を繰り広げ——周囲の五人は微笑なり苦笑なり思い思いのリアクションである——、こほんとエルが咳払いする。
「とりあえず、ね。今のままじゃ光兄はまだ、"人間の霊魂"のままなんだ。だから、儀式を通じてそれをちゃんと"死神の霊魂"へと変化させなきゃいけないの。光兄はあたしがかける問いにYesを返すだけでいいから。オーケイ?」
「お、おう」
 戸惑いながらも頷くと、エルは一つ深呼吸。彼女が目配せすると、他の五人は事前に示し合わせていたかのように移動する。
 エルが俺の正面。そこから時計回りに、マリアさん、ショウ、アイル、レオ、ツバキ、と俺を中心とした正六角形の頂点に寸分の狂いも無く彼ら彼女らは並び立った。その表情は既に今までの柔らかなものではなく、いずれもどこか緊張感を漂わせる静かなものだった。
「——いくよ」
 ぱん、と。エルが拍手を一つ打った瞬間、部屋の照明が一瞬で落ち、息を詰める間もなく——

 ——俺を中心とした"陣"が浮かび上がる。

「——ッ……!?」
 予想外の変化に反射的にその場から飛び退ってしまいそうになる。けれど真正面にいる妹——否、創造神の落ち着いた眼差しがかろうじてそれを押さえ込んだ。
 この部屋にいる七人、その全ての足元に虹色に光り輝く円が浮かび上がっている。そしてそれらを結びつけ一つの陣として成り立たせているのは、おそらくは英語であろう筆記体で書かれた圧倒的な量の文章。そしてそれらがまた円を形作り、結果として足元には幾重にも広がる円陣ができあがっていた。
 そしてそれと呼応するかのように、目に見えない大気、より正確を求めれば魔力が道筋を辿って渦巻く。そう、描かれた陣は道筋だ。魔力に指向性を持たせ思い描いた理想を実現させるための過程、それらが示された縮図。それらがエルの合図を受けていっせいに輝いた。部屋の白い壁紙が光を受けて虹色に染まっていく。
「——光兄。力っていうのは、必ず責任が伴うものだ。その力が強大であればあるほどそれは正しい方向に用いなければならない。万が一それを誤った方向に使ってしまった場合、……相応の報いを受けなければならない。それは、分かるよね」
 力に対する責任。そして使い方を間違えたときの報い。……嗚呼それは。それは、三年前に嫌というほど思い知らされたこと。
 俺はあの時、一度『使い方を間違えた』。そしてその報いは、一生負うべき罪として返って来た。俺はその時、彼らとは違って刀という力を持っていた。なのにそれを、俺は用いてはいけない方向に使ってしまったのだ。だからそれは当然の報いであり、受けるべき呵責だった。
「……ああ。痛いほど、知ってる」
 僅かに表情へとでかけた沈みも、一瞬後にはすぐ払拭する。俺のこういうところが妹にも受け継がれてしまったのかもしれない、という思いが首をもたげたが、それを阻むようにエルは再び口を開いた。
「なら大丈夫。これから兄(にい)が受け取る力っていうのは、そういう類のものだから。本気で伸ばせばどんな魔物だって屠れるようになるけど、その矛先を間違えたら……わかるね。何の力も持たない一般人なんて、一瞬で何十人も殺せる。そういう"もの"だ」
 脳裏に広がるイメージ。あの頃の俺が、血まみれの抜き身を晒した紅蝶蘭をぶら下げ、何十人もの屍を前に呆然としている構図。その屍の中には、今目の前にいる妹や、周囲にいる死神たち、そして両親に俺の親友もいる。だぶる忌まわしき記憶と現在。重なったそれらは俺の脳裏に染み付き、『贖罪を』と気が狂いそうなほどの声をあげ続ける。
 だがそんなイメージを拭い去るかのように、陣が更なる光を発した。それは最早目に痛いほどの光量を持っていて、反射的に瞳は直射を拒否する。そんな中、六人の声が寸分の狂いもなく同時に唱和する——。

『我ら汝を死神と認めん。さらば、等しき生と祈りを以って、あらゆる魂に救済を』

 等しき生と祈り。それは即ち、俺の命と願いの限りを賭して、成すべきを成せ。あるいは、全てを賭して贖罪を遂げよ。そのどちらともわからぬ言葉は更なる光量の増大を促し、それはやがて俺の視界を瞬く間に灼いた。
「……っ、ぁ……」
 おそるおそる、瞳を開く。そこにはもう眩いばかりの光を放つ円陣は跡形も無く、もとの白い部屋だけが残っていた。儀式とやらは終わったらしい、と自覚したはいいもの特に変化した感じはしない。死神の霊魂へと変化させる、とかいっていたが、これで本当にさせられたんだろうか。少し不安になりつつ妹をみやると、彼女は答えた。
「大丈夫、終わったよ。これで光兄は、位はないけれど立派な死神だ。そこにおいては貴も賎も上も下もない。ま、実力においてはこれからの努力と成長に期待……だけどね♪」
 にっこりと笑う彼女——そしてこれが、俺の死神になるまでの一連の経緯であり、これから遭遇することになる全ての喜怒哀楽の発端となる出来事だった。

第1章 綴られ始めた物語(シナリオ) fin.