複雑・ファジー小説

第1話 邂逅 ( No.2 )
日時: 2013/03/07 17:04
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

 ガタン
「っ……、?」
 唐突な揺れに意識を引き戻——否、呼び覚まされた俺は、気だるい体をゆっくりと起こした。どこか部活上がりの心地よい疲れにも似たその感覚。だがしかし眼前の光景は見慣れた部屋のそれではなく、見たことの無い列車の中だった。列車といっても近代的な鉄の箱ではない。中世の趣を感じさせる木製の車体にふかふかのシートといった、まるでおもちゃのような列車だ。
 つい、と視線を動かす。その先に広がっているモノを見た瞬間——気だるさなんて、瞬きで吹っ飛んだ。
「なん、だ……これ……ッ!?」

 そこに広がっていたのは。

 上も下も左も右も、一切の例外なく暗闇と星の光に包まれた、いわゆる"宇宙"というヤツだった。

 次いで気付く。つい先ほど車に追突されてできた腹部の傷——不快感を与えていた血もろとも、触ったところにはもう何も無かった。着ていたブレザーの制服すらも元通り。
「どうなってんだよ、これ……?」
 呆然と呟き、フリーズ気味の思考を巡らす。……あの男の言っていたことは全て嘘で、今俺は三途の川ならぬ三途の宇宙を通っている最中だとか。
「にしては、感覚はっきりしすぎだろ。……どうしたもんか」
 そう、そうなのだ。手の感覚といい、今自分が存在しているという感覚といい、どうも"死んだ"という感じがしない。まあ死んだことが無いので比較なんて出来ないわけだが、それにしてもここまではっきりしてるものじゃないということはなんとなく分かる。
 そして今のこの状況。目覚めたらいつの間にかよくわからないところにいるし、なんか宇宙にほっぽりだされてるみたいだし。八方塞がりというか、成す術も無いというか。腕を組んで思案すること1分。
「——よし、諦めよう」
 無い頭を無理矢理捻って何か良策が思いつくはずも無い。シートから身を乗り出し、この窓開けたらもしかして死ぬんだろーかとか思いながら——開け放つ。
「うぉっ……!」
 ぶわぁ、と夜の涼しげな空気が俺の体を包み込んでぼさぼさの黒髪を揺らす。それは車内も例外ではなく、一瞬で心地いい風が車内の隅々まで浸透した。……これくらいなら大丈夫か、と窓枠に体重をかけて身を乗り出す。そこには、雲ひとつ無い夜空と見渡す限りの星々が限りなく広がっていた。
 よくよく思い返してみると、今までの十八年間、こうしてまじまじと星を眺めることなんてほとんど無かった。本当に時々、それも深夜のコンビニ帰りにふと空を眺めるくらいだったな。
 だからか、この『暗闇の中に星しか見えない』足場すら不確かな光景にも、不思議と安らぎを覚えてしまう自分がいた。星々は優しく瞬き、暗闇しかない夜空の中に暖かみを与える。間をおいてがたん、ごとん、と鳴り響く列車の音と振動すらも眠りを誘うようで……
「——え?」
 その時だった。本来ありえるはずがない光景が、眼前に現れた。即ち、人。
 人——少女といったほうが正しいそれは、まるで空中に道があるかのような足取りで宙を踏みしめ、列車から数メートル離れたところを闊歩していく。列車の速度もそこまで遅くないはずだが、それに悠々と並ぶ速さで——だ。
「!!」「!?」
 今度は目が合った。その色は、——深い蒼だった。