複雑・ファジー小説
- 第3話 感情の在り処 ( No.4 )
- 日時: 2013/07/23 14:48
- 名前: 聖木澄子 (ID: qlgcjWKG)
ガタンッ
「ッ!?」
一際強い揺れに俺は飛び起きた。こんな状況——知らぬ間に乗せられていた木造列車、その外に広がる無数の星々といった非常識極まる状況——の中でも体は睡眠を欲していたらしい、今の今まで完全に爆睡していた。……つくづく思うが神経太いな俺……。
『なら、このままこの列車に乗って、終点まで向かって。ここじゃ何だし、詳しいことは後で話すわ』
「ここが終点、か」
窓を見てももう星が動いていないことから考えて、先ほどの振動は停車したときのものと考えるのが無難だろう。動き出す雰囲気でもないし、終点と考えて間違いない。彼女の言葉に従い降りようと思い辺りを見回すと、それほど離れていないところに木製のドアがあった。それはひとりでに開き、俺が降りるのを促しているように見えた。
「っと、ってうぉわっ!?」
——地面が無い。だがいつものように降りようとした体は既にストップを聞かず、俺はそのまま落下——
「ッ?」
しなかった。どんな原理が働いているのか、一見宇宙に見えるこの空間には重力と垂直抗力がしっかり働いているらしい。おかげで俺の下にも依然存在する暗闇と星の間に落ちることだけは免れた。
さて、どうするか。足場らしい足場も見えないのに何故か立ってられるという状況には違和感を覚えざるを得ないが、まあ気にしていても仕方ない。それよりもこれからどうするか、だ。先ほどの少女には終点まで行けと言われたが、その後どうすればいいかなんて聞いていないわけで。……お迎えでもくるんだろうか。
と思っていると、俺の背後で木の扉が軋んだ音を立て閉まった。そして再び動き出し、緩やかなカーブを描き夜空の彼方へと走っていく。それはむしろ飛んでいったと形容するほうが正しいだろう。列車は徐々に小さくなり、夜空の中へと去っていった。
「よかった、ちゃんと来れたのね。遅かったから、落とされたのかと思ったわ」
列車を見送っていると、先ほどの少女が前方からこちらへと向かってきていた。心なしかほっとした表情の彼女である。
「"落とされた"……? どういうことだ、それ」
「詳しくはこの先で話すわ。その前に」
俺の疑問符を流した彼女は、改めて、と口を開き——ふわりと、笑んだ。
「まだ名乗ってなかったわね。私は、レオ・ヴェリアサファイア。死神界(ヘルヘイム)の聖五位死神(せいごいしにがみ)よ。レオ、って呼んで」
その笑みは、まるで花が綻ぶような綺麗な笑みで。それだけで俺は——心を、奪われた。
多分これが、一目惚れ——という奴なんだろう。思考がまともに働かない。彼女の瞳から、視線をずらすことができない。理性がフリーズする。心の中に押し込めた剥き出しの感情が頭をもたげ——
「貴方は、何ていうの?」
「っ」
押さえ込む。危ない。すぅ、と一つ息を吸いこみ、目覚めかけた荒々しい感情を振り払う。が、多分それでも俺の動揺は隠しきれてなかったと思う。
「俺は、天音 光。光、でいいぜ」
「ヒカル……光、ね。よろしくね、光」
「っ……ああ」
ただ一回。名前を呼ばれただけなのに、どうしようもなく胸を高鳴らせている自分がいたから。